第二十七話:私が、あなたの城になる
私が仕えるヴァイスハルト公爵家は、王国内でも屈指の名門だ。
一杯のお茶が、セレスティーナ様の元に届くまでには、スティルルームメイド(製茶係)、キッチンメイド、そしてチェンバーメイド(寝室係)という、何人もの専門家の手を経なければならない。
この完璧に分業された「奉仕の鎖」は、家の格式を示すと同時に、安全管理の要でもあった。
だが、今の私には、その伝統が、恐ろしく、そして、絶望的な「壁」にしか見えなかった。
(この「鎖」を、断ち切るしかない)
全ての工程を、この私が、掌握する。
そのためには、セレスティーナ様に、直訴するしか、道はない。
私は、その日の夕方、一つの、あまりに無謀な賭けに出ることを決意した。
セレスティーナ様の私室。
私は、ちょうど彼女のそばに控えていた侍女頭の前で、あえて、その話を持ち出した。
「お嬢様。一つ、狂っているとお思いになるやもしれませぬが、お願いしたい儀がございます」
「…何よ、改まって」
「今後、お嬢様が口にされるお茶は、その準備から給仕まで、全て、このリリア一人に、お任せいただけないでしょうか」
私の言葉に、セレスティーナ様より先に、侍女頭が、柳眉を逆立てた。
「正気ですか、リリア! メイドの分業制は、公爵家の伝統であり、安全管理の要です! あなたのような新人に、権限を集中させるなど、前代未聞です!」
「承知しております。ですが、侍女頭」
私は、一歩も引かなかった。
「お嬢様のご体調は、極めてデリケートです。日々の微細な変化を把握している専属の者だけが、責任を持って一貫した管理を行うことこそが、最善の策かと存じます。もし、万が一のことがあれば、全ての責任は、私が取ります」
「口答えを…! あなた一人の責任で、どうにかなる問題ではありません!」
侍女頭の厳しい叱責。それは、この屋敷の秩序を守る者として、あまりに正当なものだった。
もう、ダメか。そう、私が諦めかけた、その時。
これまで、静かに私たちのやり取りを聞いていた、セレスティーナ様が、凛とした声で、その議論を制した。
「……良いでしょう」
その、たった一言に、私と侍女頭は、同時に息を呑んだ。
「許可します。明日から、私の飲むお茶は、全て、リリア、あなたが一人で管理なさい」
「お嬢様!? なりませぬ! あまりに危険です!」
「私が、良いと言っているのです」
セレスティーナ様は、静かに立ち上がると、反論しようとする侍女頭を、冷たい視線で黙らせた。
そして、私の前に立つ。
その月白色の瞳が、私の覚悟を、そして、その奥にある真意を、見定めようとしているのが、分かった。
「ただし、リリア」
彼女の声は、氷のように、冷たかった。
「この体制で、万が一、私の身に何かあれば…その責任は、全てあなたが一人で負うのですよ。よろしいですね?」
「――はい。この命に代えましても、お嬢様を」
私は、床に膝をつき、深く、深く、頭を垂れた。
こうして、侍女頭との「ひと悶着」を経て、私は「専属給仕係」という、屋敷の誰もが訝しむ、特異な権限を手に入れたのだ。
その日の午後から、屋敷中のメイドたちが、私を遠巻きに、好奇と、嫉妬と、そして、あからさまな軽蔑の視線で、見るようになった。
無理もない。新入りの問題児が、伝統を無視して、お嬢様の専属になったのだから。




