第二十四話:先代公爵の影
酒場からカフェへと戻る道は、来た時の何倍も長く感じられた。
私の頭の中は、情報屋の残した言葉でいっぱいだった。
『先代のヴァイスハルト公爵…金の出所も、動機の全部も、たぶん、ぜーんぶ、そこにある』
私がカフェのテラス席に戻ると、セレスティーナ様は、少しむっとした顔で、しかし行儀よく、ほとんど食べ終えたミルフィーユの最後の一口を、銀のフォークでつついていた。
「……遅かったわね、リリア。一体、王城のお手洗いまで行っていたの?」
「も、申し訳ございません! 少し道に迷ってしまいまして…!」
私は、必死に動揺を隠し、作り笑いを浮かべる。
セレスティーナ様は、そんな私を、じっと観察するように見つめると、ふと、鼻をひくつかせた。
「…あなた、何か、妙な匂いがするわね」
「へっ!?」
「埃と、安いエール酒と…あとは、そうね。何かを企んでいる人間の匂いがするわ」
ドキリ、と心臓が跳ねた。
この方は、いつもこうだ。私が何かを隠そうとすると、必ず、その核心に触れるような、鋭い言葉を投げかけてくる。
「そ、そんなことは! きっと、裏路地のパン屋さんの匂いでも、移ってしまったのでございます!」
「…そう」
セレスティーナ様は、それ以上は追及せず、静かに紅茶を一口飲んだ。だが、その月白色の瞳は、私の嘘を完全に見透かしているように見えて、私は、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
屋敷へと戻る、乗り合い馬車の中。
二人きりの空間で、私は、先ほどの情報屋の言葉を、繰り返し反芻していた。
(先代公爵の代に、何が…? 我が君のお父上の時代に、一体…)
知りたい。だが、どうやって?
私は、意を決して、セレスティーナ様に探りを入れることにした。
「あ、あの、お嬢様」
「何?」
「お嬢様は、先代の公爵閣下…その、お父上様のことについて、何かよくご存知なのですか?」
私の言葉に、セレスティーナ様の肩が、ほんのわずかに、こわばったように見えた。
「……なぜ、急に父の話を?」
「い、いえ、あれほど立派なヴァイスハルト家を治めていらしたのですから、さぞ素晴らしい方だったのだろうと、純粋な興味で、思いまして…」
セレスティーナ様は、馬車の窓の外に視線を移した。その横顔に、一瞬だけ、これまで見たことのない、深い翳りが差す。
「……父は、偉大な人だったわ。誰よりも、この国の未来を憂いていた」
彼女の声は、静かだった。
「でも、同時に、敵も多かった。特に、父の行った『改革』は、多くの古い貴族や、既得権益にしがみつく商人たちの恨みを買ったと、聞いているわ」
彼女は、そこで言葉を切ると、私に向き直った。
「……それが、どうかしたの?」
その瞳は、私の真意を探ろうとしていた。
情報屋の言葉を、裏付ける証言。だが、これ以上、私が踏み込むのは危険だ。
「いえ、何も。素晴らしいお父上だったのですね」
私は、当たり障りのない言葉で、そう返すのが精一杯だった。
屋敷に戻り、自室で一人になった私は、ようやく、大きく息を吐いた。
先代公爵の『改革』。商人たちの恨み。そして、ウィルクス商会への謎の資金援助。
全てのピースが、一つの方向を指し示している。
これまでの一連の事件は、単なるセレスティーナ様個人への攻撃ではない。これは、ヴァイスハルト公爵家そのものへの、何十年も前から続く、根深い復讐なのだ。
そして、その全ての答えは、きっと、この屋敷のどこかに眠っている。
(我が君の書斎だけじゃない。この屋敷には、もっと古い記録があるはずだ。公爵家の、公式な歴史書。あるいは、先代公爵個人の、私的な書斎が…!)
次の標的が決まった。
専属メイドという、私の新しい立場。それは、これらの場所に、アクセスするための、最高の鍵になるかもしれない。
(我が君が私を側に置いたのは、ただの気まぐれじゃなかったのかもしれない。もしかしたら、運命が、私に『真実を暴け』と、道を示してくれているのかも…)
少しだけ、都合の良い妄想を抱きながら。
私の新たな、そして、より危険な調査が、今、始まろうとしていた。




