第二十二話:お忍びと、情報屋の酒場
王都の中央広場は、平日の昼間だというのに、大勢の人でごった返していた。
その喧騒の中を、私とセレスティーナ様は、手をつないで歩いていた。
(心臓に悪い! 注目を浴びすぎる! というか、そもそも距離が近すぎる!)
私の内心の絶叫など、もちろん、隣を歩く我が君に聞こえるはずもない。
セレスティーナ様は、いつものように澄ました顔をしながらも、その月白色の瞳は、好奇心に満ちて、きょろきょろと辺りを見回していた。
普段は向けられることのない、ごく普通の、人々の賑わいの視線。それに少し戸惑いながらも、どこか楽しんでいるのが、繋がれた手から伝わってくる体温で分かってしまった。
「リリア、あれは何?」
「ええと、焼き菓子のお店のようです」
「あちらは?」
「大道芸人の、曲芸ですね」
私の計画では、馬車を降りたらすぐに、表通りにある上品なカフェへ直行し、そこでセレスティーナ様には優雅にお茶をしていただくはずだった。
だが、その計画は、開始五分で頓挫した。
セレスティーナ様は、生まれて初めて見るかのように、露店で売られている物に、いちいち興味を示したのだ。
「…綺麗」
彼女が足を止めたのは、色とりどりのガラス細工を並べた店だった。彼女は、一つの、小さな青い花の髪飾りを手に取る。
「……あなたに、似合うんじゃない?」
そう言うと、彼女は、私の髪に、その髪飾りをそっと当ててきた。
至近距離に、セレスティーナ様の顔。長い睫毛、透き通るような白い肌、そして、真剣な眼差し。
(……死ぬ)
私の思考回路は、完全にショートした。
「め、め、滅相もございません! わ、私のような者に、このような美しいものは!」
「…声が大きいわよ、リリア。周りが見ているわ」
セレスティーナ様は、呆れたようにそう言うと、髪飾りを元の場所に戻した。だが、その耳が、ほんのりと赤く染まっているのを、私は見逃さなかった。
計画が狂う焦りと、彼女の普段見せない姿を見られる喜び。私の心は、ぐちゃぐちゃのまま、彼女の後をついていくしかなかった。
なんとか、目的のカフェにたどり着いたのは、それから一時間も後のことだった。
テラス席に腰を下ろし、私は、セレスティーナ様に紅茶と、この店で一番美味しいと評判のミルフィーユを注文する。
「では、お嬢様。私は、少しだけ、お手洗いに行ってまいります。どうぞ、ごゆっくりお召し上がりください」
「……」
セレスティーナ様は、少しだけ不満そうな顔で、私を見た。
「…早く戻ってきなさいよ」
「はい! すぐに戻ります!」
私は、力強く頷くと、後ろ髪を引かれる思いで、その場を離れた。
(ごめんなさい、我が君。ほんの少しの間の、嘘です。すぐに戻りますから…!)
カフェの裏口から抜け出し、私は、王都の裏路地へと足を踏み入れた。
表通りの華やかさとは対照的な、薄暗く、少し汗臭い、治安の悪そうな通り。貴族の令嬢はもちろん、普通の街娘ですら、決して一人では近寄らない場所だ。
私の目的地は、その一角にあった。
『鳴かずのカッコウ亭』
古びて、軋んだ音を立てそうな、一軒の酒場。
表向きは、日雇い労働者たちが集うただの安酒場。だが、裏では、王都中のあらゆる情報屋たちが取引を行う場所として、闇社会ではその名を知られている。
以前、クロウリー商会で買い物に来た際に、店の客が漏らしていた噂話から、偶然、その存在を知ったのだ。
ウィルクス商会の、裏の金の流れ。それを知るには、ここしかない。
私は、酒場の軋む扉の前に立った。
中からは、荒々しい男たちの笑い声や、何事かを罵る怒号が、くぐもって聞こえてくる。
ごくり、と喉が鳴った。
(怖い…。でも、我が君のためなら…)
私は、意を決して、その古びた木の扉に、手をかけた。
華やかなカフェで、一人、私を待つセレスティーナ。
そして、薄汚れた酒場の扉を開けようとする、私。
二つの世界のあまりの落差に眩暈を覚えながらも、私は、未知の世界へと、その一歩を踏み出した。




