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第十三話:見えない敵と、新たな聖戦

 王都の喧騒を背に、私は乗り合い馬車に飛び乗った。

 ガタガタと揺れる車内で、私の心は、焦りと恐怖で激しく波立っていた。


(監視されている…! 私がのんびり休日を過ごしている間も、敵は、ずっと、我が君を見ていたんだ…!)


 自分の甘さに、奥歯を噛みしめる。

 これまでの攻撃は、屋敷の内部から行われていた。だから、食事やお茶にだけ気を配っていれば、なんとかなった。

 だが、敵が外にもいるのなら? 計画的で、組織的な犯行だとしたら?

 もはや、これまでのような場当たり的な対応では、守り切れないかもしれない。

 手に持った、セレスティーナ様からの頼まれ物が入った袋が、ずしりと重い。それは、私が新たに背負うことになった、任務の重さそのもののようだった。


 夕方、屋敷に帰り着いた私は、着替えもそこそこに、まっすぐにセレスティーナ様の書斎へと向かった。

 扉をノックし、中へ入る。

 セレスティーナ様は、いつもと変わらぬ様子で、静かに本を読んでいた。窓から差し込む夕陽が、その銀色の髪を、淡い金色に染めている。

 あまりに穏やかで、美しい光景。

 その日常が、今、得体の知れない脅威に晒されている。


(この平穏を、私が、絶対に守らなくては…!)


 私は、内心の動揺を完璧に押し殺し、平静を装って頭を下げた。

「ただいま戻りました、お嬢様。ご依頼の品を、お持ちいたしました」

「…ご苦労様。早かったわね」


 そう言って、セレスティーナ様は、私が差し出した袋を受け取った。

 彼女は、袋の中身を一つ一つ検めると、満足そうに、小さく頷く。

 そして、その中の一つ、『星屑石の粉末』と書かれた小瓶を指に取り、机の上に置いてあった、一見ただの水差しの中の液体に、さらさらと落とした。

 すると、透明だったはずの液体が、一瞬だけ、淡い銀色にきらめいて、すぐにまた元の透明な水に戻った。


(あれは…?)


 私が、思わず疑問の表情を浮かべたのを、セレスティーナ様は見逃さなかった。


「……言ったはずよ。余計な詮索はしないように、と」

「も、申し訳ございません!」

「これは、私の研究に必要なもの。それだけよ。…店主は、何か言っていた?」

「は、はい。『良き“研究”を』と、お伝えするよう言付かっております」

「そう…」


 セレスティーナ様は、それ以上は何も言わなかった。だが、その横顔からは、彼女が私にも隠している、何か別の戦いに身を投じていることが、うっすらと窺えた。


 報告を終え、自室に戻った私は、ベッドに倒れ込む。

 我が君は、ご自身の研究も進めていらっしゃる。私のようなモブメイドには、計り知れないほどの重圧と、日々戦っておられるのだ。

 だったら、私がやるべきことは、一つしかない。


(私が、外敵に関する全てを、完璧に排除する…!)


 これまでの、目の前の危機を防ぐだけの対応では、生ぬるい。

 敵が屋敷の外にもいるのなら、食事やお茶だけじゃなく、あらゆるものが危険だ。窓から毒矢が飛んでくるかもしれない。夜の闇に紛れて、寝室に刺客が忍び込むかもしれない。


(そうだ、こうなったら、我が君の生活空間そのものを、私が、難攻不落の要塞とするしかない!)


 私の新たな聖戦の火蓋が、切って落とされた。


 次の日の早朝。

 目を覚ましたセレスティーナ様は、自室の光景に、しばし言葉を失った。

 陽光が差し込むはずの美しいアーチ窓に、なぜか、不格好な木の板が、数本、無造作に打ち付けられているのだ。


 呆然とする彼女の前に、私は、満足げな顔で現れた。


「おはようございます、我が君! 本日の防犯対策、第一弾でございます!」

「……リリア」

「はい!」

「…説明なさい。私の窓に、薪でも打ち付けたの?」

「薪ではございません! これは、私が昨夜、大工小屋から拝借してきた丈夫な木材です! これで、外からの矢や、呪詛の類は、ある程度防げるかと!」


 私が、胸を張って答えると、セレスティーナ様は、こめかみをピクピクと引きつらせながら、深呼吸を一つした。

 そして、これまで聞いたこともないほど、心の底から冷え切った声で、言った。


「……あなた、本気で頭がおかしくなったの?」


 我が君のドン引きしたお顔すら、今の私には、決意を新たにするための燃料にしかならない。

 私の戦いは、新たなステージに進んだのだ!

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