第百二十六話:空っぽの心【side:セレスティーナ】
あなたが私を救ってくれた。
私が最も恐れていた、あの全てを喰らい尽くす怪物になることから。
そのどうしようもない事実だけが、この静かすぎる白氷城で唯一の現実だった。
そしてその現実の隣には、いつもあなたがいる。
私の知らない、あなたが。
来る日も来る日も、私はあなたの心を取り戻そうと必死だった。
あの父の書斎へあなたを連れて行った。私たちが共に世界の残酷な真実と向き合った、あの場所へ。
「覚えて、いるかしら、リリア。ここで、私たちは、全てを知った。……怖かった。でも、あなたは、私の側にいてくれたわ」
だがあなたは、ただ部屋を興味深そうに見回すだけ。
「はい、お嬢様。記録によれば、この書斎の発見が、事態を大きく動かしたとのこと。歴史的に、極めて重要な場所ですね」
その声はまるで、歴史学者が遠い過去の遺跡を解説するかのようだった。
暖炉の前で吹雪の山小屋の話もした。
二人きりで互いの弱さを見せ合い、そして共に戦うと誓ったあの夜のことを。
「あなたは、私の手を握って、言ったの。『私が、あなた様の剣にも盾にもなります』と。……あの言葉が、どれほど、私を、支えてくれたか……」
だがあなたは、ただ困惑したように首を傾げるだけだった。
「……侍女として、主君をお守するのは、当然の務めです。わたくしが、その責務を果たせたとすれば、何よりです」
何を語りかけても届かない。
思い出の「事実」はあなたのその聡明な頭脳に、知識として残っている。
だが、その記憶に灯っていたはずの魂の炎……喜びも、悲しみも、私へのあの愚かなほどの献身も、すべてが綺麗に消し炭になっていた。
私の知っている「あなた」は、もうどこにもいない。
私の目の前にいるのは、ただ完璧な私の侍女という役割をこなす、空っぽの人形。
その絶望的な現実に、私の心は少しずつ砕け散っていった。
あなたが私を救うために捧げた、あなたの全て。
そしてその対価として、私はあなたの心を壊してしまった。
私が最も恐れていたのは、私があなたを傷つけることだった。
皮肉なものね。
結局、私は、あなたを誰よりも深く傷つけてしまったのだから。




