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第百二十二話:氷雪の玉座

 私が立っていたのは見渡す限り白と灰色だけの世界だった。

 私の足音が凍てついた大地に、カツンと乾いた音を立てる。だがその音はどこにも響かず、絶対零度の静寂に瞬時に吸い込まれて消えた。吐く息は一瞬で白い霧となり、きらきらと輝く氷の粒となって私の目の前を舞い落ちる。

 そこはセレスティーナ様の精神世界。彼女の魂が孤独と絶望によって作り上げた、あまりに寂しい水晶の墓標。


 私はただあてもなく歩いた。

 足元には時折、氷の中に封じ込められた思い出の彫像が埋まっていた。

 父君に手を引かれ、はにかむように笑う幼い日の姿。その彫像の周りだけ、氷がわずかに黒く濁っている。

 「セレス、ほら、こう書くのだよ」

 と父君の優しい声が聞こえてきそうな温かい記憶。それは父の愛と、彼が背負わせた罪の象徴。

 雪解けの庭で、私にだけ見せてくれたはにかんだ微笑み。その彫像は無数のひび割れに覆われている。

 「伝えなければ、何も始まりませんから」

 と私が生意気を言った時、あなたが初めて見せてくれた本当の笑顔。それは束の間の幸福が、いかに脆く壊れやすいものであったかの証。


(お嬢様……どこにいらっしゃるのですか……)


 私がそう心の中で呼びかけた時、凍てついた平原のその中心に、ぽつんと佇む一つの玉座を見つけた。

 全てが氷でできた巨大で冷たい玉座。

 そしてそこに、小さな小さな人影が腰かけていた。


 銀色の髪を二つに結い、白い簡素なドレスを纏った五、六歳ほどの少女。

 幼い日のセレスティーナ様。

 だがその月白色の瞳は、子供が持つべき光を失い、全てを諦観したかのような絶対零度の虚無をたたえていた。

 彼女こそが「災厄の器」。セレスティーナ様の絶望と孤独が具現化した、あまりに悲しい化身。


 少女が私に語りかけてくる。

 その声はセレスティーナ様のものでありながら、何の感情も宿さない人形のような響きをしていた。


『――来たのね、リリア、私を壊しに』


「……私はあなたを破壊しに来たのではありません」


『嘘。あなたの存在そのものが破壊の引き金。あなたのその愚かな優しさが希望を与え、絶望を齎し、この娘をこの安全な氷の棺に閉じ込めたのよ』


 そのあまりに的確な真実の言葉。

 だが私はもう揺らがなかった。


「いいえ」

 私はその小さな絶望の化身を真っ直ぐに見上げて宣言した。

「私は彼女を救いに来たのです。あなたという冷たい檻から、連れ出すために」


 私のその言葉に、少女の虚無だった瞳が初めてわずかに揺らいだ。

 まるで忘れていた温かい何かを、思い出しそうになるかのように。


 絶望が支配するこの絶対零度の玉座へ。

 私はただ愛だけを道しるべに、その最初の一歩を踏み出した。

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