第百十九話:魂の叫び
玉座の間に鋼と氷の空気が張り詰めていた。
「彼女を討たねばならないのです」
イザベラ様の、その鋼のように冷たい決意の宣告。それは彼女が下した揺るぎない判決でした。
(この人は、本気だ……)
天媒院で見てきたあの猪突猛進な姿とは違う。彼女は自らが信じる「正義」のために全てを懸けてここに立っている。その、あまりに純粋で、だからこそあまりに危険な覚悟が、その瞳から痛いほど伝わってくる。
「……そこを、どきなさい」
彼女は最後通告として、大戦斧の切っ先を私へと向けました。
「わたくしとて、無益な殺生は好みません。ですが、あなたが、それ以上、わたくしの邪魔をするというのなら――」
「邪魔、ですって……?」
私の唇から、か細く、しかし燃えるような声が漏れた。
「あなたには、分からないのですか! あの人が、どれほどの絶望の中で、今、たった一人で戦っているのかが!」
私の瞳はまっすぐに彼女を射抜いていました。その瞳の奥にあるのは恐怖でも敵意でもない。ただ純粋な悲しみと、そしてどこか彼女への共感にも似た色。
「あなたも、見たのでしょう? あの人が、この世界を破壊し尽くす、未来を。……怖かったのでしょう? 愛する人が、家族が、全てが、失われる、あの光景が」
そのあまりに的確な言葉に、イザベラ様の鋼のような構えが、ほんの一瞬だけ揺らぎました。
なぜ、このメイドが? その瞳に隠しようのない動揺が走るのを、私は見逃しませんでした。
「ええ、そうですわよ」
彼女は動揺を冷たい笑みの下に隠し、言い放ちました。
「だからこそ、わたくしは、ここにいる。悲劇の芽は、それが育ち切る前に摘み取らねばならない。それが貴族の責務ですわ」
「責務、ですって……?」
私の瞳から、ぽろりと一筋の涙が零れ落ちた。
「あの人を殺すことが、あなたの正義だと、本気でそうおっしゃるのですか……!」
私はその場に膝から崩れ落ちました。
そして彼女に懇願するように、その小さな手を差し出したのです。
「お願い、します……! 一日だけ……! たった一日だけ、時間をください……!」
私の魂からの叫び。
そのあまりに無防備な言葉に、イザベラ様の鋼の仮面が、ピシリと音を立ててひび割れたように見えました。
「わたしには、計画がございます。あの人を救うための、最後の、たった一つの方法が……!」
「……救う、ですって? あの災厄を? 馬鹿なことを。あれは、もはや……」
「いいえ!」
私は叫びました。
「あの人は、最後まで、生きることを、諦めなかった! あなたを置いて死ぬくらいなら、運命と共に生き延びてみせると、そう、誓ったのです! その、気高い魂を、このまま、終わらせていいはずが、ない!」
私の言葉が、確かに彼女に届いている。
彼女の瞳の中に、私と同じ光が灯るのを、私は見ました。
愛する誰かを、何かを、必死に守ろうとしている者の光が。
「もし……もし私が、彼女を救えなかった時は、あなたの邪魔はいたしません。その時は、あなたのその手で、全てを終わらせてください。……ですから、お願いです……!」
長い長い沈黙。
やがて彼女は天を仰ぐと、深い深いため息をつきました。
そして、ゴトリと重い音を立てて、あれほど固く構えていた大戦斧を床に下ろしたのです。
その音が、彼女の答えでした。
第百十九話「魂の叫び」、いかがでしたでしょうか。リリアの、魂の叫びが、ついに、イザベラの心を、動かしました。
次回、第百二十話「最後の準備」。リリアは、儀式を執り行うための、最後の準備を始めます。どうぞ、お楽しみに。
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