第百十五話:森の姫君の祈り【side:シルヴィア】
王都が、イザベラという赤き嵐によって、混乱の喧騒に包まれていた、その頃。
王立天媒院の片隅にある、ドルヴァーン家の静かな温室では、もう一つの静かな戦いが、始まっていた。
シルヴィア・フォン・ドルヴァーンは、一人、温室の中央に座し、その瞳を固く閉じていた。
彼女の周りには、ドルヴァーン家にのみ伝わる古代のルーン文字が描かれた、いくつもの清らかな香木が焚かれている。その森の香りが、彼女の研ぎ澄まされた精神を、外界の雑音から守っていた。
彼女が今行っているのは、一族にのみ伝わる、禁忌にも近い神聖な儀式。
精霊環伺術。
自らの魂核を触媒として精霊と交信し、遥か北の地で荒れ狂う友の、その魂の嵐を鎮めるための、命を懸けた祈り。
彼女の華奢な体から、翠色の穏やかなマナが、陽炎のように立ち上る。
そのマナは、彼女の魂そのもの。
儀式を続ければ続けるほど、彼女の生命力は、確実に削られていく。
だが、彼女は決して、その祈りをやめようとはしなかった。
(セレスティーナ様……リリアさん……)
彼女の脳裏に、二人の友の顔が浮かぶ。
気高く、そして誰よりも脆い、氷の薔薇。
愚かなほどに献身的で、そして誰よりも強い、一人のメイド。
あの吹雪の夜の誓いを、彼女は忘れてはいない。
『この命に代えても、友を、守り抜いてみせますと』
その誓いを果たすため。
彼女は今、たった一人で、世界の理そのものに抗っているのだ。
彼女の、その、健気で、そして気高い祈りが、遥か北の地で絶望の淵にいるリリアの心に届くことは、まだない。
だが、その温かい光は、確かに白氷城を包み込み、セレスティーナの魂の暴走を、ほんのわずかに、しかし確実に和らげていた。
それは、誰にも知られることのない、森の姫君の孤独な、そして何よりも美しい戦いだった。
第百十五話「森の姫君の祈り」、いかがでしたでしょうか。王都に残された、もう一人の仲間、シルヴィアの、命を懸けた戦いが、描かれました。
次回、第百十六話「捧げるべきもの」。物語は、再び、白氷城のリリアへと、戻ります。彼女は、ついに、自らが、捧げるべき「対価」の、正体に、たどり着きます。どうぞ、お楽しみに。
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次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です。
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