第百十三話:赤き戦姫の神託【side:イザベラ】
__王都、二人が決死の逃避行を始める前
その夜、わたくしは、王都の自室で、極上の満足感に浸っておりました。
訓練場での失態は、些細なバグ。あの忌々しい噂を逆手に取り、まんまと父を出し抜いて軍の指揮権を掌握した今、わたくしのステータスは最高潮。
(ふふん。完璧なクエストクリアですわ。これで、経験値も、名声値も、大幅にアップしたはず。王都編の攻略も、順調そのものですわね!)
わたくしは、褒賞として兄から送られてきた最高級のプロテインをシェイクしながら、上機嫌で一人祝杯をあげておりました。
窓の外では、わたくしの輝かしい未来を祝うかのように、月が煌々と輝いている。
全てが、わたくしの、完璧なゲームプランの上で、進んでいる。そう、信じて疑わなかった、まさにその時でした。
突如として、わたくしの脳内に、今まで聞いたこともない、無機質なシステムメッセージが、直接、響き渡ったのです。
【――均衡精霊より、緊急通信。強制イベントを開始します――】
「なっ…!?」
わたくしが抗議する間もなく、世界から、音が消えました。
部屋の景色が、まるでノイズの走った映像のように、ぐにゃりと歪む。そして、わたくしの意識は、否応なく、暗く、冷たい空間へと、引きずり込まれていったのです。
それは、もはや、ただのイベントシーンではありませんでした。
わたくしの脳裏に、直接、叩きつけられた、おぞましい映像の奔流。
「最悪のバッドエンドルートのデモムービー」が、強制的に、再生され始めたのです。
舞台は、未来の、白氷城。
空は、不吉な紫色に染まり、大地は、生命の色を失っている。
そして、その、絶望的な世界の中心に、一人の、少女が立っていました。
セレスティーナ・フォン・ヴァイスハルト。
ですが、その姿は、わたくしが知る、あの気高い『氷の薔薇』ではありません。
銀色の髪は、輝きを失って、灰色に濁り、その月白色の瞳からは、全ての光が消え失せている。彼女は、もはや、人間ではなく、ただ、歩く災厄。周囲のエーテルとマナの全てを、その身に収奪し続ける、神格実体 。
彼女が、ただ、そこに存在するだけで、世界が死んでいく。
足元の草花は、一瞬で水分を失って黒い塵と化し、大地はひび割れ、城壁の石材から魔力が抜かれ、脆く崩れ落ちていく。
そして、最もおぞましかったのは、人々への影響でした。
彼女の周囲にいた兵士たちが、次々と膝から崩れ落ちる。彼らは、苦悶の表情で自らの胸をかきむしり、その体は急速に生命力を奪われ、まるで干からびるように萎んでいく。周囲の生命体全てがマナを奪われ、衰弱死していくのです 。悲鳴を上げる力すら、残されてはいない。
わたくしは、ただ、そのデモムービーを、見せつけられることしかできません。
そして、映像は、わたくしにとって、最も、耐え難いシーンを、映し出したのです。
黒い炎に包まれる王都。崩れ落ちる我が家の城壁。そして、その瓦礫の下で、血を流し、動かなくなる、愛する、兄上の姿が。
「――やめて」
気づけば、わたくしは、涙を流しながら、懇願していました。
もう、たくさんですわ。こんな結末、絶対に、認めない。
映像が、ふつり、と途切れる。
わたくしは、現実世界の、自室の床に、崩れ落ちていました。心臓が、警鐘のように、激しく鳴り響いている。
ゲームなんかじゃない。これは、現実。そして、わたくしに与えられた、あまりに過酷な、メインクエスト。
その、時でした。
わたくしの脳裏に、ふと、別の記憶が、よみがえったのです。
それは、わたくしが、まだ、この世界に来たばかりの頃の、遠い記憶。
ツェルバルク家の家訓、その第一条。
『迷ったら、殴れ』
そして、父ゴードリィが、幼いわたくしたちに、いつも語って聞かせてくれた言葉。
『力とは、守るべきもののために振るえ』
わたくしは、震える手で、床から立ち上がった。
その、燃えるような真紅の瞳に、もう、いつものような、高慢な光はない。
ただ、自らに課せられた、あまりに過酷な運命を、受け入れた者の、静かで、しかし、鋼のような、覚悟の光が、宿っていた。
そこにいるのは、誇り高き貴族だった。
第百十三話「赤き戦姫の神託」、いかがでしたでしょうか。これまで、どこかコミカルな役割を担っていたイザベラが、ついに、物語の核心に関わる、もう一人の「運命を背負う者」として、覚醒しました。
次回、第百十四話「王都の断罪」。フィンとイザベラ、それぞれの行動が、王都の政治を、大きく、動かします。どうぞ、お楽しみに。
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次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です。
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