第百十二話:魂という対価
どれほどの時間が経っただろうか。
開かずの書斎でロウソクの火が揺れる中、私はただひたすらに待ち続けていた。
精霊通信機は沈黙したまま。希望が少しずつ絶望へとその色を変えていく。
(やはり、ダメだったのか……)
私が諦めかけたその時だった。
沈黙していたはずの銀の小箱が何の予兆もなく淡い翠の光を放ち始めた。
返信だ。
私は転がるようにその小箱へと駆け寄った。
光がゆっくりとインクの文字を空中に紡ぎ出していく。
それはクロイツェル教授からの、あまりに短く、そして謎めいた答えだった。
『――対価は、物質ではない。魂核に根差す、最も根源的な「何か」だ』
それきり光は消えた。
私はその、あまりに抽象的な言葉を呆然と見つめる。
(魂核に根差す、最も根源的な、何か……?)
それは一体、何を意味するのか。
私は父君が遺した、あの走り書きの仮説へと視線を戻した。
『捧げられるべき対価は、常に「魂」の総量によって計測される。生命そのものではなく、魂を構成する根源的な要素。すなわち、記憶、感情、あるいは、その魂が世界と結んだ絆の数…』
二つの言葉が、私の頭の中で一つの恐ろしい答えを導き出す。
セレスティーナ様を救うための「対価」。
それは金貨でも魔法の道具でも、ましてや誰かの「命」でもない。
もっと個人的で、もっと残酷で、そして二度と取り戻すことのできない、魂そのものを構成する何か。
私の記憶。私の感情。
その真実にたどり着いてしまった瞬間。
私の心臓を、これまで感じたこともないほどの純粋な恐怖が鷲掴みにした。
(何を、捧げればいい? 私から、何を奪えば、あの人を救えるというの……?)
答えはまだ分からない。
だが私は、その、過酷な選択肢の前に、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
私の第二の人生の全てが、今、天秤にかけられようとしていた。
第百十二話「魂という対価」、いかがでしたでしょうか。教授の言葉が、リリアに、儀式の対価の、恐ろしい本質を示しました。
次回、第百十三話「赤き戦姫の神託」。物語は、王都のイザベラへと、視点を移します。彼女が見る、おぞましい未来とは。どうぞ、お楽しみに。
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