第百九話:王都の激震
白氷城が絶対零度の静寂に包まれていたその頃。
遥か南東に位置する王都では、地上の星々が新たな嵐の訪れを静かに告げていた。
王城の貴族議会は深夜にもかかわらず、怒号と混乱の渦に叩き込まれていた。
原因は王立天媒院の観測塔が捉えた異常なまでの大規模な魔力反応。発生源は遥か北――ヴァイスハルト家の本領。その報告は瞬く間に王都を駆け巡り、権力者たちを恐慌へと陥れた。
「やはり、ヴァイスハルトの娘は『災厄の器』であったか!」
「ライネスティア公の言う通りだった! 即刻、討伐軍を増派せねば!」
「しかし、これほどの魔力反応……ライネスティア家の討伐軍は、どうなったのだ!?」
ライネスティア派閥の貴族たちがここぞとばかりに声を張り上げ、議会の主導権を握ろうとする。彼らにとってこの災厄は、政敵を完全に排除し権力を掌握するための千載一遇の好機に他ならなかった。
その誰もが己の保身と野心に駆られる混沌の片隅で。
商人見習いのフィンはこの好機を決して見逃さなかった。
彼は議会の正面から乗り込むような愚かな真似はしない。王都の裏社会で培った人脈を使い、今は議会の傍聴席で苦虫を噛み潰したような顔で戦況を見守る中立派の重鎮、マクシミリアン辺境伯にそっと接触していた。
「――辺境伯様。火急の、ご注進がございます」
衛兵の目を盗み、フィンが囁く。マクシミリアン辺境伯は眉をひそめ、この場違いな小柄な商人を見下ろした。
「今は、取り込み中だ。後にせよ」
「ライネスティア家が、王国を裏切る、動かぬ証拠が、ここに」
フィンのその静かだが揺るぎない一言に、老獪な辺境伯の瞳が鋭く光った。
二人は人目を避け、議会場の薄暗いテラスへと姿を消す。
「……これが、証拠だと?」
「はい。ライネスティア家が、ウィルクス商会を通じて、秘密裏に購入していた、品々のリストと、その納品書です」
フィンが差し出した羊皮紙の束。そこに記されていたのは、表向きは「鉱山開発用の魔導機械」とされたおびただしい数の部品リスト。だが、その本当の正体はかつて白零系統の大暴走を引き起こし、条約で製造が禁じられた対軍用殲滅兵器の設計図と完全に一致していた。
「彼らは、ヴァイスハルト家の討伐を口実に、この兵器を完成させ、王都を、その射程に収めるつもりだったのです。この魔力暴走すら、彼らの計画のうちかもしれません」
辺境伯の顔から血の気が引いていく。
「……なぜ、これを、私に?」
「あなた様は、ライネスティアのやり方を、快く思っていらっしゃらない。そして何より、この国の、真の安寧を、願っておられるお方だからです」
フィンは深く頭を下げた。
やがて辺境伯は決意を固めた顔で議場へと戻っていく。
彼はヴァイスハルト家を弁護するでもなく、ただ冷静に一つの動議を提出した。
「――ライネスティア公。ヴァイスハルト家の魔力暴走への対応、実に見事。だが、これほどの事態です。万が一に備え、王都の防衛も、万全を期さねばなりますまい。つきましては、貴家が管理する、王都近郊の全ての武器庫の、即時査察を、国王陛下の名の下に、要請いたします」
そのあまりに的確な一言に、ライネスティア派閥の貴族たちが凍りついた。
断れば叛意を疑われる。受け入れれば全てが露見する。
王都に激震が走る。
フィンの投じた一石が王都の巨大な権力構造そのものを根底から揺るがしたのだ。
彼は混乱する議会を背に、誰にも気づかれぬようそっとその場を離れた。
主君の、そして友の帰る場所を守るための戦いはまだ始まったばかりだった。
第百九話「王都の激震」、いかがでしたでしょうか。リリアが白氷城で戦っている間、王都でも、また、別の戦いが始まっていました。
次回、第百十話「器の囁き」。物語は、再び、白氷城へと、戻ります。暴走するセレスティーナの、内なる世界が、描かれます。どうぞ、お楽しみに。
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