第百二話:最後の選択
「いや……いやです……! お嬢様を死なせはしない……!」
私の子供のような、ただ悲痛なだけの叫び。
それはこの絶望的な戦場においてあまりに無力で空虚な響きだった。
だがその魂からの叫びは確かにセレスティーナ様の固く閉ざされていた心を激しく揺さぶっていた。
彼女は私の涙に濡れた顔を見つめていた。
その月白色の瞳に、公爵としての責務と私と共に生きたいという個人的な願いとの間で激しく揺れ動く苦悩の色が浮かぶ。
彼女の脳裏に父君が最後に遺したあの言葉がよみがえっていた。
『運命とはただ従うべき檻ではない。その流れを変える一滴の雫となることを私は諦めない』
父君は抗おうとした。
娘を犠牲にすることなく運命そのものを覆そうと最後まで、もがいていた。
ならば自分はどうだ?
このたった一人のかけがえのない存在を犠牲にしてまで守るべき責務とは一体何なのだ?
彼女のその一瞬の迷い。
それこそがこの絶望的な盤面を覆す唯一の可能性だった。
「……そうね」
セレスティーナ様はゆっくりと私からその手を離した。
そして城壁の一番高い場所へと歩みを進める。
彼女は眼下に広がる敵軍を、そしてその先に広がる故郷の白銀の雪原を見渡した。
彼女は土壇場でその悲しい計画を覆したのだ。
「――あなたを置いて死ぬくらいなら私はこの呪われた運命と共に生き延びてみせる」
その声はもう震えてはいなかった。
そこにあるのは全てを受け入れ、そして全てに抗うと決めた女王の絶対的な覚悟。
彼女は振り返り私にだけそっと微笑んでみせた。
それは私が今まで見たどの彼女よりも美しく、そしてどこか儚い微笑みだった。
「見ていなさいリリア。ヴァイスハルト家の本当の力を」
彼女は両手を天へと掲げた。
彼女のその小さな体にこの白氷城に満ちる全てのエーテルが渦を巻いて集まっていく。
空が鳴動し大地が震える。
彼女が選んだ最後の選択。
それは父君が禁忌として封印していたもう一つの道だった。
第百二話「最後の選択」、いかがでしたでしょうか。リリアの想いが、ついに、セレスティーナの心を動かしました。しかし、彼女が選んだ道は、あまりに危険な、茨の道。
次回、第百三話「災厄の解放」。セレスティーナは、ついに、その身に宿る、禁断の力の、封印を解きます。物語は、衝撃のクライマックスへと、突き進みます。どうぞ、お楽しみに。
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