第百一話:自己犠牲の儀式
シルヴィア様がもたらした治癒の光と、フィンが巻き起こした混乱。
二人の友が命を懸けて作ってくれた、ほんの僅かな反撃の好機。
セレスティーナ様は、その一瞬を決して見逃さなかった。
「……リリア。来て」
城壁の上、兵士たちの怒号と剣のぶつかり合う音の中、彼女は私だけをその側へと呼び寄せた。
その月白色の瞳は、これまでに見たこともないほど静かで、そしてどこか悲しい決意に満ちていた。
彼女は私の手を強く握りしめる。その手は、氷のように冷たかった。
「これから、私が、何をしようとしているのか。あなたにだけは、話しておかなければならないわ」
彼女が語り始めたのは、父君があの「開かずの書斎」で生涯をかけて研究していた、最後の、そして禁忌とされた儀式の詳細だった。
「父上は、ヴァイスハルト家に課せられた、この『災厄の器』の宿命を、平和的に解き放つ方法を探していた。そして、その一つの可能性として、この儀式を見つけ出したの」
彼女の声は淡々としていた。だが、その言葉の内容は、私の血の気を引かせるには十分すぎた。
「術者の、全ての魂核とマナを、対価として捧げることで、災厄の力を、完全に、そして、永久に、この大地に封じ込める……。『天鎖の環』と呼ばれる、自己犠牲の儀式よ」
自らの命と引き換えに。
そのあまりに悲しい決意に、私の頭は真っ白になった。
彼女は公爵として、この城を、民を、そして私を守るために。
たった一人で、その全てを背負い、死のうとしているのだ。
「そん……な……」
「フィンが、敵陣を、かき乱してくれている。シルヴィアの光が、私に、儀式を執り行うための、最後の力を、与えてくれた。……好機は、今しかないのよ」
彼女は、私の呆然とした顔を、愛おしそうに見つめた。
そして、そっと私の頬に、その冷たい手を添える。
「リリア。あなたと出会えて、私は、本当に、幸せだった。あなたが、私に、教えてくれた。運命に、抗う、勇気を。……だから、これが、私の、最後の戦いよ」
その瞳から、ぽつりと一筋だけ涙が零れ落ちた。
「いや……いやです……! お嬢様を、死なせはしない……!」
私は子供のように、ただ泣きじゃくりながら、首を横に振ることしかできなかった。
私のこの手で、彼女の温もりを永遠に失うなど。
そんな未来は、私にとって、世界が終わるのと同じことだった。
第百一話「自己犠牲の儀式」、いかがでしたでしょうか。セレスティーナが選んだ、あまりに悲しい、最後の選択。
次回、第百二話「最後の選択」。リリアの悲痛な叫びは、女王の心を、動かすことができるのか。第四章、運命の分岐点が、訪れます。どうぞ、お楽しみに。
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