鉄と炎の宴、そして新たな切っ先
ギルドでの報告を終えて外に出ると、カレドヴルフの街はまだ真昼のような明るさを保っていた。
夜空には黒い煙が棚引いているが、それを下から照らし上げる無数の赤い光――溶鉱炉の火が、街全体を赤熱させているのだ。
カン、カン、キーン、カン……。
あちこちの工房から火の粉が舞い上がり、鉄を打つ槌音が絶え間なく響いている。
すれ違う人々は、太い腕をした職人やドワーフばかりだ。皆、煤と汗、そして鉄の焼ける匂いをさせて歩いている。
肌が熱くなるほどの熱気。
だが、それは不快な暑さではなく、何かが生み出される瞬間の、滾るようなエネルギーだった。
「おまつり! おまつりみたい!」
ロウェナが目を輝かせてはしゃぐ。
「すごいですね……。夜なのに、誰も眠る気配がない」
クリスも、その圧倒的な活気に気圧されながらも、どこか高揚した表情で周囲を見回している。
「職人の街だからな。炉の火を落とすのが惜しいんだろうさ。……さて、俺たちもまずは腹ごしらえといくか」
俺たちは職人街の一角にある、頑丈な石造りの建物――宿兼酒場『赤熱の金床亭』の暖簾をくぐった。
店内は、仕事終わりの鍛冶師たちでごった返していた。
熱気と話し声、そしてジョッキがぶつかる音が渦巻いている。
「いらっしゃい! 空いてる席へどうぞ!」
俺たちは空いていたテーブル席に滑り込み、さっそくこの店のおすすめを注文した。
「お待たせ! 『溶岩焼きステーキ』だ!」
運ばれてきたのは、熱した分厚い溶岩石に乗せられた、巨大な肉の塊だった。
ジュウジュウと激しい音を立て、脂が弾け飛んでいる。
味付けは岩塩とニンニクのみという豪快さだ。
「飲み物はエールを二つ。それにシュワシュワする炭酸水をくれ」
「あいよ!」
やがて運ばれてきたジョッキを手に、俺たちは顔を見合わせた。
「それじゃあ、カレドヴルフ到着と、護衛任務の完了に」
「「かんぱーい!」」
俺とクリスは喉越しの良いエールを、ロウェナはパチパチと弾ける炭酸水を煽る。
そして、熱々の肉にかぶりつく。
噛みしめるたびに肉汁が溢れ出し、疲れた体に塩気と精力が染み渡っていくようだ。
「ぷはぁっ! ……美味い!」
「この音を聞きながら食うのも、悪くないですね」
クリスも頬を膨らませて笑う。
すると、隣の席で飲んでいたドワーフの集団と目が合った。
「おう、兄ちゃんたち見ない顔だな! いい飲みっぷりじゃねえか!」
「ああ、今日着いたばかりでな。……親父、こいつらに一杯奢ってやってくれ」
俺が店員に声をかけると、ドワーフたちは「おっ、話がわかるねえ!」と歓声を上げた。
それをきっかけに、俺たちのテーブルと彼らのテーブルは一気に意気投合した。
彼らはこの街の古株らしく、おすすめの観光スポット――巨大な大溶鉱炉や、歴代の名工の作品が並ぶ博物館などの情報を惜しげもなく教えてくれた。
「よし、それじゃあ次はこいつだ! 『火酒』に挑戦してみな!」
彼らが飲んでいた、強い蒸留酒を勧められる。
俺とクリスもお付き合いで注文し、舐めるように一口含んだ。
「くぅっ……! 喉が焼ける!」
「だが、香りはいいな。癖になりそうだ」
カーッと胃袋が熱くなる感覚を楽しんでいると、不意にドワーフの一人が、横にいたロウェナに杯を差し出した。
「おう、そっちの嬢ちゃんもどうだ? 一口くらいなら平気だろ!」
ドワーフの基準では、ロウェナのような見た目の少女でも、ノームやハーフリングのような小柄な種族の大人に見えたのかもしれない。
あるいは単に酔っ払いの大らかさか。
「んー?」
ロウェナは興味深そうに杯を覗き込み、俺が止める間もなく、ペロリと舌をつけコクリとほんの少しだけ飲み込む。
「あっ、おい!」
「……んっ、からい!」
ロウェナは顔をしかめて舌を出した。
だが、次の瞬間。
彼女の顔が、ゆでダコのように真っ赤に染まった。
「……えどぉ~」
ロウェナがとろんとした目で俺を見上げ、へにゃりと寄りかかってきた。
「あったかい~、えど、ふわふわするぅ~」
普段の彼女からは想像もつかない、甘えん坊全開の姿だ。
俺の腕にすりすりと頬を押し付けてくる。
「ぶっ……はははは!」
それを見たドワーフたちが腹を抱えて笑い出した。
クリスも肩を震わせている。
「こりゃ駄目だ。一杯でダウンか」
俺は苦笑し、残りの酒を飲み干して席を立った。
「えどぉ、だっこぉ~」
「はいはい、わかったよ」
俺はロウェナを米俵のように担ぎ上げる。
「悪いな、連れが限界みたいだ。楽しかったよ」
「おう! また飲もうぜ!」
俺はドワーフたちに手を振り、クリスと共に二階の客室へと引き上げた。
背中で「うへへ」と笑うロウェナの寝息を聞きながら、カレドヴルフの夜は更けていった。
翌朝。
窓の外から響くカンカンという槌音で目が覚めた。
ロウェナは二日酔いの様子もなく、ケロリとして朝食を平らげていた。
代謝がいいのか、単に量が少なかったからか。
「さて、今日はまずクリスの剣を直しに行くぞ」
「はい。ついでに、予備の武器も見ておきたいですね」
俺たちは宿を出て、鍛冶屋を探し歩いた。
メインストリートには、『王室御用達』だの『伝説の名工』だのと書かれた派手な看板を掲げた店が立ち並び、観光客や貴族の従者たちで行列ができている。
「やっぱり、ああいう有名な店がいいんでしょうか?」
「いや。看板のデカさより、腕の良さは音と匂いでわかる」
俺は首を振り、賑やかな通りから外れ、煤けた裏通りへと足を向けた。
「本当にいい職人は、客の相手をするより鉄を叩くのに忙しいもんだ。……ほら、聞こえるか?」
路地裏の奥から、一定のリズムで、高く澄んだ音が響いてくる。
カン、カン、カン……。
迷いのない、芯を捉えた音だ。
俺たちはその音を頼りに、看板も出ていない一軒の古びた工房を見つけた。
中に入ると、薄暗い店内には鉄の冷たい匂いと、炉の熱気が充満していた。
道具は雑然と置かれているが、どれも手入れが行き届いて鈍く光っている。
奥で、一人の老ドワーフが黙々と鉄を打っていた。
「……見学なら余所へ行け。今は忙しい」
手を止めずに、頑固そうな声が飛んでくる。
「修理の依頼だ。こいつを直せるか?」
俺はクリスを促しのボロボロになった剣を、作業台の上に置いた。
老ドワーフは槌を止め、剣を手に取って一瞥する。
「『鉄喰い』の甲羅でも叩いたか。……刃こぼれが酷いが、歪みは少ねえ」
彼は太い指で刀身をなぞり、ニヤリと笑った。
「扱いは雑だが、逃げずに真っ直ぐ叩いた傷だ。悪くねえな」
職人の目に火が灯るのを見て、俺は口元を緩めた。
「直せるか?」
「夕方までに新品同様にしてやる。置いてけ」
交渉成立だ。
だが、老ドワーフはすぐに作業に戻らず、横に立っていたクリスをじろじろと観察し始めた。
手にある剣ダコ、足の筋肉の付き方、そして立ち姿。
「……坊主。剣もいいが、お前さん『槍』を使ってみる気はねえか?」
「えっ? 槍、ですか?」
突然の提案に、クリスが目を丸くする。
「お前さん、体幹のバランスが異様にいいな。地面に根が生えたように揺らがねえ」
「ああ、こいつは船乗りってわけじゃあないが、ここに来るまでの船旅の間、ずっと揺れる船内で料理を作っていたからな」
俺が口を挟むと、老ドワーフはほう、と眉を上げた。
「料理か?」
「ああ。荒れる海の上でも、スープをこぼさず、指を切らないように包丁を振るっていたんだ。自然と足腰とバランス感覚が鍛えられたんだろうよ」
「なるほどな! 揺れる足場で精密な手作業を続けてたってわけか。下手な武術の稽古よりよっぽど実践的だ」
ドワーフは感心したように膝を打ち、店の隅から作りかけの槍の柄を放り投げた。
クリスはそれを受け取り、無意識に重心を探って構える。
「槍ってのはな、切っ先を一点に突き出す分、足腰がブレると威力が死ぬんだ。だが、お前さんのその染みついた体幹があれば、どんな足場からでも鋭い突きを繰り出せる」
老ドワーフは、クリスの長い手足と長身を指差した。
「それに、お前さんは線が細い。力任せに剣で装甲を叩き割るより、そのリーチと点での破壊力を活かした方が、お前さんの才能を伸ばせるはずだ」
クリスはハッとした表情で、自分の手を見つめた。
昨日の戦闘。
硬い甲殻を持つ敵に対し、剣での攻撃に限界を感じていた場面が脳裏をよぎったのだろう。
「サブとして持つんじゃねえぞ。これから先、槍を本気で振るう道もあるってことだ。主要武器を変える度胸はあるか?」
「……槍、僕の新しい可能性……」
クリスは手の中の柄を強く握りしめた。
今まで剣士としてやってきたが、確かにこのドワーフの言うことには一理ある。
「悪くない提案だ。船の上でも、槍なら狭い通路やマスト越しに攻撃できるしな」
俺が後押しすると、クリスは真剣な眼差しでドワーフに向き直った。
「……わかりました。試してみたいです」
「よし。なら、俺が昔打った試作品がある。修理が終わるまで貸してやるから、裏の広場で振ってみな」
老ドワーフは顎で奥をしゃくった。
「さて、話は終わりだ。仕事の邪魔だ、どっか行ってろ! 夕方に戻ってきな!」
半ば追い出されるようにして、俺たちは工房の外に出た。
だが、その表情は明るい。
クリスは借りた槍を大事そうに抱え、その感触を確かめている。
「さて、夕方まで時間が空いたな。昨日のドワーフに教わった場所でも見に行くか」
「はい!」
「おまつり、いく!」
俺たちは新たな武器への期待と、観光への高揚感を胸に、再び熱気渦巻くカレドヴルフの通りへと歩き出した。
エドは剣をメインに戦っていますが、別の武器が使えない訳でなく使わないだけですね。
むしろ衛兵だったので、槍もある程度使えるはずです。




