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【23000pv感謝】元衛兵は旅に出る〜衛兵だったけど解雇されたので気ままに旅に出たいと思います〜  作者: 水縒あわし
最新章

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鉄の咆哮と、荒野の補給所



 太陽が中天に差し掛かり、影が最も短くなる頃。



 ヴァンデルの操車場に、鋭く、そして腹の底に響くような汽笛が鳴り渡った。



 ポーォォォォォッ!!



 それは、西の大陸が誇る新たな技術の産声であり、俺たちの旅の再開を告げる合図でもあった。



「定刻だ! 缶圧かんあつよし! 出発進行!」


 ドワーフの技師長が、煤けた顔で愛おしそうに計器を睨み、叫ぶ。



 直後、シューッという激しい排気音と共に、巨大な動輪が軋みを上げて回り始めた。



 ガタンッ!



 強い衝撃が足元を突き上げる。



 馬車が動き出す時の、あの生き物が引っ張る柔らかい揺れとは違う。



 無骨で、硬質で、圧倒的な質量が無理やり動き出すような、暴力的な力強さだ。



「うわぁっ……!」


 臨時の客車に乗り込んだクリスが、よろめきながらも窓枠にしがみつく。



 黒い鉄の塊は、最初は重々しく、やがてリズムを刻むように加速し始めた。



 シュッシュッ、ポッポッ……という規則正しい音が、次第に早くなっていく。



 窓の外の景色が、見たことのない速さで後方へと飛び去っていく。



「速い……! これが、機械の力ですか……!」


 クリスは興奮を隠しきれない様子で、食い入るように窓の外を見つめている。



「馬車とは比べ物になりません! 魔法も使わずに、これだけの鉄の塊が、こんな速度で走り続けるなんて……!」



 彼の知的好奇心は、今まさに最高潮に達しているようだ。


手帳を取り出し、振動に揺れる手で必死に何かを書き留めている。



 その隣で、ロウェナもまた、窓ガラスに顔を押し付けていた。



「けしきが、とんでいく!」


 彼女は目をキラキラと輝かせ、流れる雲や木々を指差す。



「すごいね! てつのうま、はしってるね! いきしてるみたい!」



 プシュー、と蒸気が噴き出す音を、彼女は生き物の呼吸のように感じているらしい。



 未知の乗り物への恐怖よりも、楽しさが勝っているようだ。



 俺は二人の様子に苦笑しながら、壁に背を預け、足を踏ん張った。



(……ふむ。船とはまた違う揺れだな)



 波に揺られるようなゆったりとした浮遊感はない。



 代わりに、レールの継ぎ目を越えるたびにガタンゴトンと小刻みに突き上げるような振動が、絶えず体に伝わってくる。



 確かに速い。


疲れ知らずで走り続けるこの動力は、間違いなく革命的だ。



 だが、護衛の視点から見れば、懸念がないわけではない。



(音がデカすぎるし、流石だが早いな。これじゃあ、外の気配や物音はほとんど拾えん)



 蒸気の噴出音と車輪の回転音が、周囲の音を完全にかき消している。



 もし『鉄喰い』が地中から忍び寄ってきても、察知するのは至難の業だろう。



 俺は愛刀の柄に手を置き、窓の外へ鋭い視線を向けた。



 列車は黒い煙を吐き出しながら、緑の少ない荒野をひた走る。



 幸いなことに、懸念されていた『鉄喰い』の襲撃はなく、列車は順調に距離を稼いでいった。



 夜になっても、鉄の馬は止まらない。



 先頭のライトが闇を切り裂き、俺たちは夜通し走り続けた。



 そして、翌日の午後。



 どこまでも続く荒野の中に、ポツンと建つ小さな施設が見えてきた。



「そろそろ補給所到着だ! 減速!」


 技師長の声が響き、ブレーキのきしむ音と共に列車が速度を落とす。



 そこは、街道沿いの豊かな水源の傍に作られた、蒸気機関車のための中継地点だった。



 元々あった馬車の休憩所に併設される形で作られており、巨大な給水塔が整備されている。



 プシューーーーー……。



 長い蒸気の音と共に、列車が完全に停止した。



「総員、補給開始! 水を満タンにしろ!」



 ドワーフたちが一斉に飛び出し、給水塔から太いホースを引いてくる。



 俺たち護衛も列車から降り、凝り固まった体を伸ばした。



 その時、一人の若い運転士が、ハンマーを持って車輪の方へ向かおうとした。



「車輪と車軸の点検を……」


「待てッ! 余計な手出しは無用だ!」



 技師長の怒鳴り声が飛んだ。



 運転士がビクッとして振り返る。



「し、しかし技師長、ここまでノンストップで走ってきました。ボルトの緩みや軸の摩耗を確認しないと……」


「だから無用だと言っとる! 水だけ入れろ!」


 技師長は頑固に首を振った。



「いいか、今回はただの試験じゃねえ。『正式運行』のシミュレーションだ。本番で客や荷物を乗せてる時に、いちいち道中で詳細な点検をしている暇があると思うか?」


「それは……」


「ここまで数回の試験で、やるべき調整は全てやったはずだ。壊れるなら壊れてみろ、それが俺たちの設計の限界だということだ! 自分たちの仕事を信じろ!」


 無茶苦茶な理屈にも聞こえるが、そこには職人としての強烈な自負と覚悟があった。



 俺たちはその会話を聞き、顔を見合わせて苦笑する。



「豪快な爺さんだな」


「でも、筋は通っていますね。実用化を見据えているからこその判断でしょう」



 クリスが感心したように頷いた。



 その夜は、補給所に併設された簡易宿泊所で一泊することになった。



 隣接する馬車の休憩所には、数台の馬車が停まり、焚き火を囲む旅人や御者たちの姿が見える。



 彼らは、自分たちの馬の何倍も巨大な「鉄の馬」を、畏敬と好奇の入り混じった目で見つめていた。



 夜が更け、技師たちやロウェナが眠りについた頃。



 俺は外に出て、見張りに立った。



 今夜の相棒は、ベテランパーティー『ライオット』の中堅戦士だ。



 荒野の冷たい風に吹かれながら、俺たちは焚き火の明かりを頼りに、静かに言葉を交わした。



「……すげえ技術だとは思うがね」


 『ライオット』の男が、煙草をふかしながら機関車のシルエットを見上げてぼやいた。



「こいつが当たり前に走る世の中になるかねえ」


「どうしてだ? 速さは本物だぞ」


 俺が水を向けると、男は肩をすくめた。



「コストだよ、コスト」


 男は、離れた場所で眠る若手パーティー『ファーリヒト』の方を顎でしゃくった。



「今回は『鉄喰い』の群れが出るってんで、あんたたちや、あの若手たちを増員しただろう? 本来なら、この運行は俺たち『ライオット』だけで護衛する予定だったんだ」


「ああ、そう聞いてる」



「だが、この先も魔物の脅威が続くなら、これだけの護衛を毎回雇わなきゃならん。俺たちベテランと、あんたみたいなBランク、それに若手一組だ。……これだけの人件費を乗せて、商売として割に合うのかね」


 男の指摘はもっともだった。



 これだけの人数を雇えば、輸送費は跳ね上がる。


これでは、一部の富裕層や高価な物資しか運べないだろう。



「正式に運行するなら、護衛は最低限か、あるいは雇わずに済ませたいところだろうな」


 男は焚き火の明かりに照らされた、機関車の黒い巨体をじっと見つめた。



「そのためには、冒険者に頼らなくてもある程度の襲撃は追い払えるような、強力な武装やら装備がこいつ自身に必要になる。蒸気で敵を吹き飛ばすとか、車体そのものを武器にするとかな」


「なるほど。鉄の馬自身が戦うわけか」


「ああ。だが、それにしたって……」


 俺は煙草の煙を吐き出しながら、闇の向こうに続くレールを見つめた。



「線路そのものの守りも問題だ。何百キロも続く鉄の道を、常に監視し続けるのは不可能に近い。魔物に歪められたり、盗賊に剥がされたりしたら、この鉄の塊はただの棺桶だ」



 船なら海の上は自由だが、列車は敷かれた上しか走れない。


そこが最大の弱点だ。



「違いねえ。……ま、夢のある話だが、現実は厳しいってこったな」


 男は吸い殻を焚き火に放り込み、苦笑した。



「俺たちが心配することじゃねえか。国の偉い連中や商人が考えることだ」


「そうだな。俺たちは目の前の依頼をこなし、無事に届けるだけだ」


 俺たちは互いに頷き合い、再び闇への警戒に戻った。



 翌朝、空が白み始めると同時に、補給所は慌ただしく動き出した。



 整備なしでの再出発だが、機関車は不具合の音もなく、力強く蒸気を吹き上げている。


ドワーフたちの仕事は確かだったらしい。



「出発進行!」


 技師長の声が響き渡る。



 ロウェナやクリスも乗り込み、俺も最後にデッキへと飛び乗った。



 馬車休憩所の御者たちが呆気に取られて見送る中、列車はゆっくりと動き出し、やがて速度を上げていく。



 カレドヴルフへ向けた、旅路が始まった。



 窓の外、荒野の彼方には、遠く目的地である山脈の影が、ぼんやりと見えていた。



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