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【23000pv感謝】元衛兵は旅に出る〜衛兵だったけど解雇されたので気ままに旅に出たいと思います〜  作者: 水縒あわし
最新章

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未知の歌声と、西への航路



 灯台での激戦とギルドへの報告を終え、宿に戻った俺たちは、まるで溜め込んでいた疲労が一気に噴き出したかのように、昼過ぎまで泥のように眠り続けていた。



 ようやく訪れた、リューベックでの穏やかな時間。



 俺は寝台でゆっくりと体を起こし、ホブゴブリンとの戦いで酷使した筋肉をほぐすように軽く肩を回す。


幸い、傷らしい傷はない。



 隣の寝台では、クリスが静かに窓の外の喧騒を眺めていた。


その横顔には、エドとロウェナが無事であることへの、深い安堵が浮かんでいる。



「師匠……おはようございます。いや、もうこんにちは、ですね」


 俺の物音に気づいたクリスが、こちらを振り返る。



「ああ、おはよう。クリス、昨夜はよくやってくれた」


 俺は静かに声をかけた。



「ロウェナを無事に街まで送り届け、ギルドに的確に情報を伝えてくれたおかげで、最悪の事態は避けられた。ありがとう」


 俺からの礼の言葉に、クリスは驚いて目を見開いた。


そして、恐縮したように慌てて首を横に振る。



「い、いえ……! そんな……師匠こそ、ご無事で本当に……本当に、良かったです!」


 その心の底から安堵した表情に、こいつの人の好さを改めて感じる。



 やがて、小さな寝息を立てていたロウェナが、もぞもぞと毛布から顔を出した。



 目を覚ました彼女は、俺とクリスの顔を交互に見ると、安心したようにふわりと笑い、買ってもらったばかりのリュートを膝に乗せた。



 その傍らには、昨日俺が渡した女王の黒い羽根が大切に置かれている。


昼過ぎの柔らかな日差しを受け、マットリアークの濡れ羽色が一層美しく輝いていた。



 ぽろん、ぽろん……。



 まだ拙い指使いで、リュートの弦が弾かれる。



 そして、その音色に合わせるように、ロウェナがふと、小さな声で歌い始めた。



 それはメロディというより、単語を一つ一つ紡ぐような、不思議な響きの歌だった。


「タシュタル……クリニュウ……スカラ……アヒントゥー……フォース……」


 その誰も知らない言葉の響きに、俺とクリスは思わず顔を見合わせる。



 クリスが、その不思議な響きに魅入られたように、優しく尋ねた。


「ロウェナ、その歌は? とても不思議な響きですが、僕は聞いたことがない言葉です。どなたかに教わったのですか?」



 ロウェナは首を傾げ、自分の胸にそっと手を当てた。


「わからない。でも……むかし、きいたきがする」


「僕の知るどの地方言語にも当てはまりません……」


 クリスは困惑した表情を浮かべる。



 俺も、その響きに静かに耳を澄ませていたが、やがてクリスにだけ聞こえるように呟いた。



「俺もだ。衛兵として12年、大陸中の商人や傭兵、様々な地方の人間と接してきたが、こんな言葉は聞いたことがない。どの地方の訛りとも違う……全く別の言語だ」


ロウェナ自身も分からないという、その不思議な歌。


俺とクリスは、それが彼女の失われた記憶の欠片か、あるいは彼女自身も知らないルーツに繋がるものなのかもしれないと静かに感じ取った。


だが、今はそれを深く詮索する時ではない。


俺たちは、ただその不思議な響きを、静かに受け止めていた。



 夕方、ロウェナが宿でリュートの練習に夢中になっている間に、俺は「羽根の加工」と「今後の進路」について情報を集めるため、一人でギルドを訪れた。



 夕方のギルドは、一日の仕事を終えた冒険者たちで賑わい始めている。


酒場で飲んでいたガレックや例の年配の冒険者が俺を見つけ、昨夜の武勇を(やや大袈裟に)称賛してきた。



 俺はそれを適当にあしらいつつ、年配の冒険者に女王の羽根の加工について相談する。



「この羽根で、あの子のお守りを作ってやりたいんだが」


 羽根の質の高さを認めた年配の冒見者は、少し考えると、興味深い提案をしてきた。



「この街の職人も腕はいいが…これほどの逸品なら、いっそ大陸の西部にある“鍛冶の街”カレドヴルフまで行ってみるのも面白いかもしれんぞ」


「カレドヴルフ?」


「ああ。ドワーフの名工たちが集う、大陸一の鍛冶の街だ。あそこの職人なら、この羽根の力を最大限に引き出す逸品を作ってくれるだろう」


 俺が「遠いのか」と尋ねると、彼は地図を指差しながら教えてくれた。



「陸路で行けば半年以上、関所やら山賊やらで大変だが、リューベックから出る商人の交易船に乗れれば、2ヶ月か3ヶ月で着くはずだ。ちょうど、もうすぐ大きな交易船団が出ると聞いたぞ」


 大陸の西部、鍛冶の街カレドヴルフ。


新たな響きが、俺の頭に残った。



 情報を持ち帰った俺が宿に戻ると、外はすっかり暗くなっていた。



 俺は、窓の外の広大な夜の海を見つめていたクリスと、リュートを抱えるロウェナに尋ねた。



「さて、二人とも。この街からは、色々な場所へ船が出ている。例えば、大陸の西部にある“鍛冶の街”なんて場所もあるらしい。……お前たちは、どこへ行きたい?」


 クリスは、俺が以前かけた言葉を思い出し、師である俺に向き直ると、晴れやかな顔で答えた。


「……師匠。僕はまだ、師匠から学びたいことがあります。行き先は、師匠にお任せします。僕は、お二人が行くところへ、どこへでも行きます」


 ロウェナも、隣でこくりと頷く。



「わたしも、えどと、くりすと、いっしょがいい」


「そうか」


 俺はそう応えると、二人の頭をくしゃりと撫でた。



(大陸の西部、鍛冶の街カレドヴルフ……か。面白そうじゃねえか)


 リューベックでの新たな目的が定まり、俺たちの旅は、次の一歩を踏み出そうとしていた。



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