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【23000pv感謝】元衛兵は旅に出る〜衛兵だったけど解雇されたので気ままに旅に出たいと思います〜  作者: 水縒あわし
最新章

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女王の餞別と、夜明けの再会



 ハーピーマットリアークが、その気高い頭を一度だけ静かに下げた。



 張り詰めていた殺意が霧散し、灯室を満たしていた圧力が嘘のように引いていく。


俺は静かに床に置いた愛刀を拾い、鞘に納めた。


女王はそれ以上威嚇することなく、再び巣の中の卵に意識を戻す。


その横顔は、もはや魔物の長ではなく、ただ子を案じる母のものだった。



「……行くぞ。ここはもう、俺たちの居場所じゃない」


 俺が、まだ状況が飲み込めず呆然としているガレックたち討伐隊、そしてクリスに撤退を促す。


一行が灯室を去ろうとした、その時。



 女王が、短く、しかし鋭くはない鳴き声を上げた。



 俺たちが緊張して振り返ると、女王は自らの美しい黒い翼から数枚の羽根を嘴で抜き取り、巣の縁に置いた。


そして、軽く羽ばたきを起こす。


その風は、羽根をふわりと宙に舞い上がらせ、まるで導くように俺の足元へと運んだ。



「……餞別、か」


冒険者をゆうに超える存在からの、敬意の証。


俺は驚きつつも、「ありがたく貰っておく」と、そのカラスの濡れ羽色に輝く羽根を静かに拾い上げた。



 一行は今度こそ灯室を後にし、血と死臭が残る螺旋階段を、今度は下界の光を目指して下り始めた。



 討伐隊が灯台から出ると、ふもとで待機していたメンバーが、仕留めたホブゴブリンの死骸を片付けているところだった。



 俺たちが倒したリーダー格の首も、討伐の証拠として部下の一人が担ぐ。


夜が白み始め、東の空がわずかに明るくなり始めた崖道を、一行はリューベックへと戻っていく。



 道中、クリスは俺の数歩後ろを、何かを考えるように黙って歩いていた。


松明の光が、その青ざめた横顔を照らしている。



「師匠……」


「なんだ」


「いえ……その、先ほどの……」


 言葉にならない、という様子だった。


無理もない。


師匠であるエドの背中を目指している彼にとって、今日の出来事はあまりに規格外だった。



「あの魔物は、書物でしか見たことがありません。あれほどの存在が、本当に……」


「ああ。だが、俺たちの敵じゃなかった。それだけのことだ」


 俺が短く応えると、横からガレックが豪快に口を挟んできた。



「敵じゃなかった、だと? おい、エド……ありゃあ一体何なんだ。ランク不明だが、A級クラスどころじゃねえぞ。もしあいつと戦ってたら、俺たちのうち、何人生きて帰れたか……」


 その言葉に、同行していた討伐隊のメンバーがゴクリと唾を飲む。


クリスも、師があの空間で単独で対峙していた時間の重さに、改めて気付かされたようだった。



 ガレックは続ける。



「そんな化け物と睨み合ってた上に、お前さん、二階のあのデカブツを単独で仕留めたんだろ……。一体何者なんだ、あんたは」


 ギルドで揶揄した男とは別人のような、純粋な敬意を込めた視線。


俺は、ただ夜明けの空を見つめながら応えた。



「ただの元衛兵だよ。それより、ギルドには正確に報告してくれ。あいつは『討伐対象』じゃない、『監視対象』だ。卵が孵れば、あいつはここを離れる」


「……へっ、わーってるよ。元衛兵サマ」


 ガレックは、そう言ってニヤリと笑った。



 冒険者ギルドにたどり着くと、ギルドマスターが徹夜で待ち構えていた。



 ガレックと年配の冒険者が、事の顛末――ゴブリンとホブゴブリンの掃討、そして灯室に潜む「ハーピー・マットリアーク」の存在と、俺が結んだ「停戦協定」を詳細に報告する。



 ギルドマスターは、ホブゴブリンを三体(うち二体は俺が単独で)討伐したという事実にまず驚愕し、S級を超える可能性のある魔物と対峙して生還した俺を、信じられないものを見る目で見た。


 やがて、彼は重々しく頷く。



「……承知した。ハーピー・マットリアークについては、こちらで厳重に監視体制を敷く。灯台周辺は即刻立ち入り禁止とし、卵が孵るまで手出しはしない。これがギルドの総意としてだ」


 こうして、俺と討伐隊に、今回の依頼の達成報酬と、ホブゴブリン討伐の特別報酬、さらに事態を穏便に収めたことへのボーナスが手渡された。


俺は懐の羽根のことについては、何も報告しなかった。



 ギルドの手続きを終えた俺とクリスは、ずしりと重くなった報酬の袋を手に、真っ直ぐベックの家へと向かった。



 港は、すでに朝の活気が満ち始めている。



 家の扉を叩くと、すぐに戸が開かれ、心配で眠れなかった様子のローラが飛び出してきた。



「あ! クリスさん!」


 その声に、家の奥から、同じく起きて待っていたベックと、そして、小さな人影が姿を見せた。



 ロウェナだった。



 彼女は、俺の姿を認めると、一瞬大きく目を見開いた。



 そして、それまでの不安が全て決壊したかのように、叫んだ。



「えど……!」


 ロウェナは、俺の胸に、小さな砲弾のように飛び込んできた。



 俺は、駆け寄ってきたその小さな体を、力の限り強く抱きしめた。



 温かい。



 生きている。



「ああ。約束通り、街で会えたな」


 俺の胸の中で、ロウェナは声にならない声を上げ、ただただ泣いていた。



 港に朝日が差し込み、活気ある一日が始まろうとしている。


その明けの陽の光が、戸口から差し込み、俺たちを照らしていた。



 クリスは、ロウェナを預かってくれたベックとローラに深々と頭を下げて礼を言う。


ベックは「無事で何よりだ」と短く応え、ローラは泣いているロウェナの背中を、心配そうにさすっている。



 俺は懐から、女王から貰った黒い羽根を取り出した。



「ロウェナ、土産だ。灯台の主から貰ってきた」


 涙で濡れた顔を上げたロウェナが、その羽根を小さな手で受け取る。



 黒一色に見えた羽根は、朝日に照らされた瞬間、まるでカラスの濡れ羽色のように、青や緑、紫の複雑な光沢を放ち、この世のものとは思えないほど美しく輝いた。



「……きれい……」


 ロウェナとローラは、その神秘的な輝きに、しばし見入っていた。



 俺たちは、ようやく訪れた平穏の中で、リューベックの眩しい朝を迎えていた。



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