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【23000pv感謝】元衛兵は旅に出る〜衛兵だったけど解雇されたので気ままに旅に出たいと思います〜  作者: 水縒あわし
最新章

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それぞれの約束と、灯室の女王



 俺は壁に背を預けたまま、ホブゴブリンの亡骸が転がる踊り場で、二本目のタバコに火をつけた。



 紫煙をゆっくりと吐き出す。


傷一つないとはいえ、神経をすり減らす戦いで消耗はしている。


そして何より、この上にいる正体不明の存在が、鉛のように重くのしかかっていた。



(増援を待つのが最善策か……? いや、クリスの報告をギルドがすぐに信じるとは限らん。それに、あいつらが来る前に、この上の状況だけでも把握しておくべきだ)



 頭ではそれが正解だと分かっている。


しかし、ホブゴブリンをあれほど怯えさせていた存在――その正体を確かめずにはいられないという、元衛兵としての性分と、一人の剣士としての好奇心が頭をもたげた。



 俺が逡巡している頃、リューベックの街では、クリスが必死に行動していた。



 ギルドに報告を終えたクリスは、討伐隊の編成を待つ間、眠るロウェナを背負って宿に戻っていた。



 ベッドにそっと寝かせ、温かいスープを用意して彼女が目を覚ますのを待つ。


やがて、うっすらと目を開けたロウェナに、クリスは優しく、しかし真剣に語りかけた。



「ロウェナ、君はここで待っていてくれないか。師匠を助けたら、すぐに戻ってくるから。これ以上、君を危険な目に遭わせるわけにはいかないんだ」


 討伐隊に同行する。


それは、クリスがギルドで報告を終えた時から決めていたことだった。


師匠が一人で戦っているのに、自分だけが安全な場所で待っているなど、到底できなかった。



 しかし、ロウェナは静かに首を横に振った。


そして、クリスの目をじっと見つめて、はっきりとした口調で言った。



「くりすも、いくの? なら、わたしもいく。えどを、ひとりにしない」


 その瞳には、ただの子供のわがままではない、仲間を案じる強い意志が宿っていた。



 クリスは言葉に詰まる。


どう説得すればいいのか。


その時、彼の脳裏に、潮風に吹かれる快活な少女の笑顔が浮かんだ。



 クリスは一つの答えにたどり着くと、ロウェナを連れて再び街へ出た。



 市場で人々に聞き込みをして、漁師であるベックとローラの家を探し当てる。



 突然の訪問に驚くベックに、クリスは事情をかいつまんで説明し、深々と頭を下げた。



「危険な場所へ、この子を連れて行くわけにはいきません。どうか、討伐隊が戻るまで、ロウェナを預かっていただけないでしょうか」


 事情を聞いたベックは、娘のローラとロウェナの友情を思い、黙って頷いた。


横から顔を出したローラも、「ロウェナちゃん、大丈夫だよ! ここでお父ちゃんと一緒に待ってよう!」と彼女の手を握る。



 ロウェナは不安そうにクリスを見上げたが、クリスは彼女の目を見て力強く約束した。



「必ず、師匠を連れて帰ってくる。だから、ここでローラちゃんと待っていてほしい。いいね?」


 ロウェナは、クリスの真剣な眼差しと、ローラの温かい手に、ようやくこくりと頷いた。



 クリスはベックとローラに改めて礼を言うと、討伐隊に合流するため、ギルドへと引き返していく。


その背中は、もう迷いを振り切っていた。



 灯台では、俺もまた、逡巡の末に決意を固めていた。



「……まあ、どんな奴が居座ってるか、顔くらいは拝んでおかないとな」


 誰に言うでもない言い訳を呟くと、俺は身支度を整え、最後の螺旋階段を慎重に登り始める。



 階段には、おびただしい数の黒い羽根が、まるで絨毯のように積もっていた。


血と腐敗の匂いは完全に消え、代わりに、潮の香りに混じって、何か甘ったるいような、それでいて少し焦げ付いたような奇妙な匂いが漂ってくる。



 灯室にたどり着き、入り口の陰から中の様子を窺う。



 そこには、おびただしい数の枝や流木で編まれた、巨大な鳥の巣が築かれていた。



 巣の中心にいたのは、一体のハーピー。


しかし、その姿は尋常ではない。



 通常のハーピーより二回りも大きく、カラスのように濡れた光沢を放つ黒い翼を持つ、女王の風格を漂わせた個体だった。



 女王は巣の中で、人の頭ほどもある巨大な卵を、慈しむように抱いている。



 彼女は出産(孵化)を控えており、そのためにこの古巣に戻ってきたのだ。


そして、極度に神経質になっている。



 この光景を見て俺は全てを理解した。



 ホブゴブリンたちは、この女王と、おそらくは非常に価値のあるであろうその卵を狙っていた。


だからこそ、俺という闖入者に獲物を横取りされることを警戒し、上階を気にしていたのだと。



 俺が息を呑んだ、その瞬間。



 女王が鋭く顔を上げ、その爛々と輝く赤い瞳が、入り口に潜む俺の姿を正確に捉えた。



 キーーーーーッ!



 甲高い、しかし威厳に満ちた威嚇の鳴き声が、灯台の頂に響き渡る。



 俺は静かに愛刀を抜き、いつでも動けるように構える。


 

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