森の中で拾ったもの[後編]
ザンッ!
確かな手応えと共に、ドレイクの巨大な尻尾から赤い血が噴き出し、宙に飛沫となって浮かんだ。
切り落とすことは叶わなかったが、深く傷を負わせることはできたらしい。
尻尾の動きが僅かに鈍くなったのを見て、俺は素早く地面を蹴った。
宙に舞い上がり、その勢いのまま、先ほどつけた傷口目掛けてもう一線を叩き込む。
ザンッッ!
今度こそ。
クルクルと、切り離された尻尾の一部が宙を舞った。
かなりの長さがあるそれは、重力に従って地面に落ち、ドスリと鈍い音を立てた。
キーーーン!
ドレイクが、森中に響き渡るような凄まじい咆哮を上げた。
激痛と怒りに歪んだその声に怯むことなく、俺は着地と同時にドレイクとの距離を詰める。
尻尾という強力な武器を失ったドレイクが、次に何をしてくるか。
尻尾での攻撃を諦めたドレイクは、再びその巨大な口を大きく開けた。
人間二人分はあろうかという大きな口が、俺を丸呑みにしようと覆いかぶさってくる。
その影が俺の頭上を覆いそうになった、その時。
俺は足を止めた。
迫りくるドレイクの巨大な口の中へ、自ら飛び込むように。
回転するように体を翻し、低く構えた剣を一閃!
内側から、ドレイクの口角目掛けて剣を切り裂く。
「貰ったぁぁ!」
ズバァァァァァッ!
剣が肉を断つ感触。
そして、ドレイクの顔上半分が、血と肉片となって派手に弾け飛んだ。
凄まじい重量感と共に、血飛沫が辺りに飛び散る。
ドレイクの咆哮が途切れる。
顔の半分、脳髄の一部を失ったはずだ。
これで終わりだろう。
…かと思いきや。
顔が半分無くなったにも関わらず、ドレイクは未だ動いていた。
巨体が痙攣し、血を撒き散らしながら、森の奥へ、這うように逃げていく。
致命傷は与えたはずだが、完全に止めを刺すことはできなかった。
だが、今は追撃するより大事なことがある。
ドレイクが完全に視界から消えたのを確認し、俺は剣についた血を払い落として鞘に収めた。そして、急いで少女の元へ向かう。
外套に覆われて、街道に倒れたままの少女。
恐る恐るその肩に触れる。
ひんやりとしているが、微かに呼吸をしている。
意識は無いが、生きている。
良かった。
地面に腰掛け、少女を抱き起こそうとするが、やはり難しそうだ。
戦闘直後に、この森の中を、意識の無い少女を抱えて安全な場所まで移動するのは無理がある。
仕方ない。少女が意識を取り戻すのを待つしかないだろう。
幸い、ドレイクは撃退した。
その生臭い匂いはまだ辺りに残っている、それは同時に他の余計な魔物を遠ざける効果もあるだろう。
しばらくの間は、この場所は安全なはずだ。
俺は街道の脇の開けた場所に、簡易な野営の準備を始めた。
枯れ枝を集めて焚き火の準備をし、背囊から毛布を取り出す。少女を毛布で包み、焚き火の近くに寝かせる。
とっぷりと夜の帳が下りる頃、焚き火の炎がぱちぱちと音を立てるのを聞きながら、俺はウトウトとしていた。
緊張が解けたせいだろうか、ひどく疲れている。
微かな物音で目が覚めた。
横で眠っていた少女が、ゆっくりと体を起こそうとしているのが見えた。
「…ん…?」
かすれた声。意識が戻ったらしい。
「ああ、目が覚めたか」
俺は安堵した。
助けた相手が無事だった。
それが今は何より嬉しい。
少女はハッとしたように周囲を見回す。
自分がどこにいるのか、何が起こったのか、分かっていないようだ。
怯えた瞳が、篝火に照らされて揺れる。
「大丈夫だ。もう追い払ったよ」
俺はそう言いながら、手に持っていた木の棒で、街道の反対側を指した。
そこには、切り落とされたドレイクの尻尾と、血塗れの顔の上半分が転がっていた。
それを見た少女は、小さく悲鳴を上げた。
そして、まるで倒した俺も怪物であるかのように、震えながら俺の後ろに隠れようとした。
「ひ…ひっ…」
「大丈夫だ。あれはもう動かない。」
俺は慌てて説明する。
衛兵だった頃、魔物と遭遇した一般人の対応もしたことがある。
怯えている人間にどう接すればいいかは、多少なりとも心得ているつもりだ。
「あれはドレイクという魔物だ。追い払った。トドメは刺せなかったが、見ればわかるだろう? 致命傷は与えた。しばらくは安全なはずだ」
俺はゆっくりと、落ち着いた声で話した。
少女は怯えた表情のまま、小さく息を呑む。
まだ、状況を理解しきれていないようだった。
「まずは、これで一息つくといい」
俺は背囊から水筒を取り出し、それと一緒に乾燥フルーツが入った小袋を差し出した。
「水と、甘いものだ。少しは落ち着くだろう」
少女は震える手でそれを受け取り、恐る恐る水筒に口をつけた。
その瞳はまだ、恐怖に揺れていた。




