表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【23000pv感謝】元衛兵は旅に出る〜衛兵だったけど解雇されたので気ままに旅に出たいと思います〜  作者: 水縒あわし
最新章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

78/103

夜明けの航路と、父娘の約束



 夜明けの光が海面に砕け、金色の無数の破片となってきらめいている。



 ベックの操る小舟は、その光の道を滑るようにリューベックの港へと進んでいた。


洞窟での一夜がまるで遠い夢であったかのような、穏やかで心地よい静寂が俺たちを包む。



 船べりに並んで座るロウェナとローラは、人魚からもらった巻貝を、まるで宝物のように両手で大切そうに握りしめている。


時折、貝殻をそっと耳に当てては、聞こえるはずのない歌を探すように顔を見合わせて、くすりと微笑んでいた。



 その様子を穏やかな目で見守っていた俺は、ふと真剣な表情になり、皆に聞こえるように切り出した。



「今回のことは……誰にも話してはいけない。ギルドにも、宿の老婆にもだ。分かっているとは思うが、念のためだ。いいな?」


 俺の言葉に、クリスとベックは静かに、しかし強く頷く。



 ロウェナとローラも、楽しい遊びの終わりを告げられた子供のように真剣な顔つきになり、こくりと頷いた。


人魚との出会いという、あまりに儚く美しい秘密の重さを、改めて全員で共有する瞬間だった。



 一同がそれぞれの思いに浸りながら海を眺めていると、ロウェナが俺の外套の袖を、くい、と小さく引いた。



 俺が不思議に思って屈むと、ロウェナは背伸びをして俺の耳に顔を寄せ、何かを小さな声で囁く。


その吐息は、まだ朝の冷気を含んでいて、少しだけくすぐったかった。



「何の話?」


 クリスやローラが不思議そうな顔で見ているが、俺は何も言わず、ただロウェナの言葉に静かに耳を傾ける。



 耳打ちが終わると、俺は少し驚いたような、しかしすぐに全てを理解したように優しい目でロウェナを見つめ返した。


その願いは、あまりに彼女らしく、そして少しだけ切ない響きを伴っていた。



「……そうか。分かった。港に戻ったら、一緒に探してみよう」


 俺が静かにそう約束すると、ロウェナは、自分の願いが受け入れられたことに、満開の花が咲くように嬉しそうにこくりと頷いた。



 船が進み、遠くにリューベックの港の輪郭が見え始める頃だった。



 ローラが、掌の巻貝の内側に広がる虹色の輝きをじっと見つめながら、ぽつりと呟く。



「……本当に綺麗。お母さんにも、見せたかったな」


 その声は、朝の潮風に震え、少しだけ寂しさを帯びていた。



 その呟きを、力強く櫂を漕いでいたベックは聞き逃さなかった。


彼は前を向いたまま、遠い水平線を見つめるような目をして語り始める。



「あいつは……ローラの母親は、こういう綺麗なもんが本当に好きな奴だった。体が弱くて、あまり遠くの海には連れてってやれなかったがな」


 普段は無口で無骨な海の男が、妻を早くに亡くしたこと、それ以来、慣れないことばかりだったが男手一つでローラを育ててきたことを、穏やかに、しかし深い愛情を込めて語る。


その一つ一つの言葉が、俺たちの胸に静かに染み渡った。



 ローラは、父の広い背中をじっと見つめ、溢れそうになる涙をぐっとこらえていた。



「あたし、大丈夫だよ、お父ちゃん! 寂しくなんかないから!」


 気丈に紡がれたその言葉に、ベックは「ああ、知ってるさ」と短く応える。



「お前は、あいつに似て強い子だからな」


 その声は、ぶっきらぼうな響きの中に、何よりも優しい温かさを含んでいた。



 その父娘のやり取りに、俺もクリスも、かけるべき言葉を見つけられず、ただ静かに胸を打たれていた。


 やがて、船は出発した時と同じ桟橋に着いた。


活気が戻り始めた港の喧騒が、俺たちを夢の世界から現実へと引き戻す。



「礼はいらねえよ。こっちも、一生忘れられねえもんを見させてもらったからな」


 俺が渡そうとした追加の礼金を、ベックは大きな手で押し返して固辞した。


その顔には、出会った時のような険しさはもうない。



「また、絶対に遊ぼうね」


「うん」


 ローラとロウェナは、別れを惜しむように固く手を握り合っている。


短い言葉だが、二人の間には一夜にして育まれた確かな友情がそこにあった。



 ベックとローラに見送られ、俺たち三人は宿へと歩き出す。



 ふと隣を歩くクリスの横顔に目をやると、普段の快活さは鳴りを潜め、どこか物憂げな表情で雑踏を見つめている。



「どうした?」


 俺が声をかけると、クリスははっとして俺の方を向き、少しだけ寂しそうに微笑んだ。



「いえ……ベックさんたちの様子を見ていたら、少しだけ、実家のことを思い出しまして」


「そうか」


 俺は短く相槌を打つと、独り言のように呟いた。



「俺には帰る実家はない。ロウェナも、あるのかどうか分からん。だが、お前にはあるんだろう?」


 驚いて目を見開くクリスに、俺は視線を合わせずに続ける。



「自分の気持ちに区切りがついたらでいい。一度、顔を出してやったらどうだ。もし不安なら……俺もついて行ってやるから」


 それは、エドなりの不器用な励ましだった。



 クリスはしばらく何も言わなかったが、やがて、「……ありがとうございます、師匠」と、吹っ切れたような、それでいて心の底から温かい声で応えた。



 港の喧騒が、遠ざかっていく。



 俺たちの胸の中には、人魚との秘密の約束と、リューベックの港で出会った人々の温かさが、確かに刻み込まれていた。



ここ3話ほど少し文体を変えてみました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ