三つの竿と、川魚のポトフ
翌朝、空が白み始めるよりも早く、クリスは一人で目を覚ましていた。
彼は昨日の失敗を繰り返すまいと、夜明け前の薄闇の中、黙々と新しい釣り竿作りに没頭する。
昨日よりも丁寧に、師の動きを思い出しながら。
そして、出来上がった竿を手に、何度も何度も竿を振る練習を繰り返した。
やがて、俺が焚き火の準備を始めると、クリスは意を決したように駆け寄ってきた。
「師匠! 改めて、ご指導をお願いします! 餌の付け方、魚の気配の読み方……昨日は、頭でっかちになっていただけでした。今度は、体で覚えたいのです!」
その熱心な眼差しに、俺は静かに頷いた。
朝食を終え、俺たち三人はそれぞれ川岸に散らばり、再び魚釣りを開始した。
ロウェナは俺のすぐ近くにちょこんと座り込み、昨日と同じように、ただ静かに仕掛けを水面に垂らしている。
彼女の釣りは、相変わらず感覚的だった。
風の流れを読み、水面の微かな変化を感じ取っては、絶妙な位置に餌を落とす。
すると、面白いように小魚が次々と食いついてきた。
俺はと言えば、竿は使わなかった。
川の流れが少し狭まっている場所に、蔓で編んだ簡単な罠――筌を複数仕掛けておくだけだ。
あとは時間が魚を追い込んでくれる。
そして、クリス。
彼は俺の助言通り、昨日までの焦りを捨て、大物を狙うのではなく、確実に一匹を釣ることに意識を集中していた。
息を殺し、気配を消し、水面と竿先だけに全神経を注ぐ。
どれほどの時間が経っただろうか。クリスの竿先が、くんっ、と力強く引き込まれた。
「……来た!」
彼は昨日のロウェナのように、しかし、もっと確信に満ちた動きで竿を立てる。
ずしりとした手応え。
水面が激しくしぶきを上げ、見事な大きさの魚が銀色の鱗を輝かせながら宙を舞った。
「やった……やったぞ!」
初めての釣果に、クリスは子供のようにはしゃいで歓声を上げた。
最終的に、その日の釣果は上々だった。
ロウェナが釣った小魚、俺の罠にかかった中型の魚、そしてクリスが執念で釣り上げた一匹。
三人の前には、大小様々な種類の魚が並べられていた。
野営地に戻り、獲物を広げると、クリスは見たことのない平たい魚を指差して首を傾げた。
「師匠、この魚は……食べられるのでしょうか?」
俺はその魚を手に取ると、ナイフで手際よく捌きながら匂いを嗅ぐ。
「……毒はないと思うが、少し泥臭いだろうな。捌き方と調理に工夫がいるぞ」
その挑戦的な言葉に、クリスは食事当番としての誇りを懸けて頷いた。
「はい! お任せください!」
彼はこれまでの旅で得た経験と知識を総動員する。
まず、ロウェナが見つけてきた香りの強い野草を、泥臭い魚の腹にたっぷりと詰め込んで臭みを取った。
ロウェナが釣った小魚は、シンプルに串に刺して塩焼きにする。
俺とクリスが獲った中型の魚は、骨から丁寧に丁寧に出汁を取る。
臭みを消す為に、携帯用の水筒に入れていた安物の酒をほんの少しだけ加えることも忘れない。
後は手持ちの根菜と共に煮込んでポトフに仕立てた。
そして、問題の見慣れない魚は、時間をかけて燻製にし、貴重な保存食にすることを試みた。
焚き火を囲み、出来上がった豪華な魚料理を前に、三人はゴクリと喉を鳴らした。
クリスの工夫を凝らしたポトフは、魚の旨味が溶け込んだ優しい味わいの絶品だった。
魚の生臭さは全くなく、香草と酒の風味が、深いコクを生み出している。
「すごいじゃないか、クリス。店で出てきてもおかしくない味だ」
「くりす、おさかな、おいしい!」
俺とロウェナからの心からの賞賛に、クリスは顔を真っ赤にして、照れながらも誇らしげに胸を張った。
三人が力を合わせて獲り、クリスが知恵を絞って調理した食事。
その温かい美味しさを分かち合うことで、野営地は強い一体感と、穏やかな達成感に包まれていた。
旅の中で一つの事を協力して乗り越えたことで、俺たちの絆は、知らぬ間にまた一つ、深く、強くなっていた。




