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【23000pv感謝】元衛兵は旅に出る〜衛兵だったけど解雇されたので気ままに旅に出たいと思います〜  作者: 水縒あわし
最新章

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道草と、車輪と、まだ見ぬ港の話


 どこまでも続くかと思われた草原の景色は、南へ進むにつれて、少しずつその表情を変え始めていた。


緩やかな丘陵が現れ、道の脇には時折、背の低い木々が群生している。


俺たちの旅は、変わらず穏やかなリズムを刻んでいた。



 その日の昼下がり、丘を一つ越えた先で、俺たちは道端に不自然に傾いた荷馬車が一台、ぽつんと停まっているのを見つけた。


傍らには、一人の老人が途方に暮れた様子で、がっくりと肩を落としている。



「大丈夫ですか!?」


 困っている人を見過ごせないクリスが、真っ先に駆け寄った。



「おお、旅の方かい……見ての通りじゃよ。轍に隠れていた岩に乗り上げてしもうて、車輪がこの通り……」


 老商人が指差す先では、荷馬車の後輪が哀れなほどに歪み、数本のが根元から無残に折れてしまっていた。これでは一歩も進むことはできないだろう。



「うおおっ!」


 クリスは剣を背囊の脇に置くと、力任せに荷馬車の荷台を持ち上げようと試みた。


彼の鍛え上げられた肉体は、確かに重い車体をわずかに浮かせたが、それもほんの一瞬のこと。


すぐに限界が来て、荷馬車は再び鈍い音を立てて地面に沈んだ。



「くっ……! もう少しなんだが……!」



 息を切らすクリスの背後から、俺は静かに声をかけた。


「クリス、力任せじゃダメだ。頭を使え」


 俺は辺りを見回すと、手頃な倒木を指差す。



「あれでテコを作るぞ。車体を持ち上げて、車輪を交換する」


「テコの原理ですね! 書物では読みましたが、実践は初めてです!」


 クリスは目を輝かせ、すぐに倒木から頑丈な枝を切り出し始めた。


その間に俺は商人に声をかける。



「予備の車輪は?」


「お、おう! 荷台の下に積んである!」


「ロウェナ、お前はこの位のちょうどいい大きさの、石を探してきてくれ。支点にするんだ」


身振りで大きさを示すとロウェナは元気に頷く。



「うん!」


 三人がそれぞれの役割を果たすために動き出す。



 やがて、クリスが担いできた太い枝と、ロウェナが見つけてきた平らな石を使い、俺は即席の梃子てこを組み上げた。



「いいか、クリス。ここに力を加えろ。ゆっくりだぞ」


 俺の指示通り、クリスが枝の端に全体重をかけると、先ほどあれほど苦労したのが嘘のように、荷馬車はゆっくりと、しかし確実に持ち上がった。



「すごい……! これほどの重さが、こんなにも軽く……!」


「理屈を知っているのと、使いこなすのは別だ。覚えておくといい」



 車体が持ち上がっている間に、俺は商人と協力して壊れた車輪を外し、荷台の下から重い予備の車輪を引きずり出す。


車軸に新しい車輪を嵌め、止め金を打ち込む作業は、思いのほか骨が折れた。


 感謝した老商人――エルマーと名乗った――は、どうしても礼がしたいと言って聞かず、その日の夜は、俺たちも彼の野営に加わることになった。



「いやはや、本当に助かったわい。お主らがいなければ、今頃は狼の餌になっておったかもしれん」


 焚き火を囲み、エルマーが振る舞ってくれた上等な干し肉とチーズを頬張りながら、俺たちは彼の旅の話に耳を傾けた。



「お主ら、南の港町を目指しておるのか。そしたらリューベックですかな?」


 エルマーは顎を撫でながら、懐かしむように目を細めた。



「いやあ、ワシ自身は行ったことはないんじゃが、噂に聞くとんでもねえ場所らしいですな。大陸中から品物が集まる南で一番の市場があって、銀色に輝く魚が山のように並んでおるとか。様々な国の旗を掲げた巨大な船が、ひしめき合っておるそうじゃ」


 まだ見ぬ港町の情景を伝える又聞きの話に、クリスとロウェナは目を輝かせ、身を乗り出すようにして聞き入っていた。



 エルマーはそこで言葉を切ると、少しだけ真剣な顔つきになる。



「だが、ここから先は少し厄介な道になるぞ。広大な湿地帯が広がっていてな、道はぬかるんで馬車の進みは悪い。何より、朝夕は深い霧が出て、方角を見失いやすいんじゃ。道に迷って、湿地のヌシに食われた旅人の話も聞く。どうか、気をつけて進むんじゃぞ」


 翌朝、俺たちはエルマーと別れの挨拶を交わした。



「お嬢ちゃん、これはワシからの餞別じゃ。旅のお守りにしなされ」


 そう言って、彼はロウェナの小さな手のひらに、虹色に輝く見事な巻貝を一つ乗せた。


「これは、遠い北の国から来た商人と取引した時に、おまけで貰ったもんでな。本物の海には、こんな綺麗な貝殻が、もっともっと、たくさんあるそうじゃぞ」


 老商人の荷馬車が街道の彼方へと消えていくのを、俺たちは黙って見送った。



 再び歩き始めた三人の足取りは、昨日までよりも心なしか軽い。


その胸には、まだ見ぬ港町への確かな期待と、潮の香りのする約束が、温かく灯っていた。


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