干し果物と仲直りのスープ
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ヴァイデの街を出て、しばらくが過ぎたある日。
どこまでも続く広大な草原を貫く街道を、俺たち三人は奇妙な距離感を保ちながら歩いていた。
いつもの、和気あいあいという雰囲気からは程遠い、重苦しい沈黙が支配する旅路。
先頭を行くのはロウェナ。
いつもより大きな歩幅でずんずん進み、時折ぷくりと頬を膨らませている。
最後尾はクリス。
頭を垂れ、まるで罪人のようにとぼとぼと後をついてくる。
そして、そんな二人に挟まれた真ん中で、俺は静かにため息をついた。
「ロウェナ、そろそろ許してやったらどうだ」
俺が声をかけると、ロウェナはぴたりと足を止め、しかし振り返ることなく、ぷいっとそっぽを向いてしまった。その小さな背中が、頑なに許しを拒絶している。
事の発端は、今日の昼食後のことだった。
***
昼食を終え、俺たちがそれぞれ片付けを始めていた時のことだ。
ロウェナは、食後の楽しみにしていた干し果物を少しだけ食べると、残りの入った革袋を、自分の座っていた場所のに置いたまま近くに生えていた花の傍に行ってしまった。
クリスは、誰に言われるでもなく、率先して周囲のゴミ拾いや火の始末を行っていた。
その真面目さが、今回は裏目に出た。
「よし、これで終わりだな」
彼は、食べ終えたパンの包み紙などのゴミと一緒に、ロウェナが出しっぱなしにしていた革袋を、何の気なしに掴み取った。
そして、まだ熾きが残る焚き火の中へと、無造作に放り込んでしまったのだ。
「あっ!」
ロウェナの悲鳴のような声が響いた時には、もう遅かった。
革袋は一瞬で炎に包まれ、中身の干し果物もろとも、黒い煙となって空へと昇っていった。
それは、ヴァイデを出る前に、彼女がおやつの為に買い足した、とっておきのおやつだった。
***
「……確かに、中身を確認せずに燃やしちまったクリスも悪い」
俺は再び口を開き、二人に向かって諭すように言った。
「だがな、ロウェナ。大事なものをその辺に出しっぱなしにしていたお前にも、いけなかったところはあるんじゃないか?」
俺の言葉に、ロウェナの肩がぴくりと揺れる。
クリスは、さらに深く頭を垂れた。
「お互い様だ。喧嘩はもう終わりにしろ」
俺はクリスに向き直った。
「クリス、罰として、次の宿場に着くまでの食事当番は、全部お前がやれ。それと、もう一度、ちゃんとロウェナに謝れ」
「は、はい! もちろんです!」
クリスは弾かれたように顔を上げると、ロウェナの前に進み出て、深く、深く頭を下げた。
「ロウェナちゃん! 本当に、すまなかった! 俺が迂闊だったんだ!」
ロウェナは、顔を真っ赤にして俯いている。怒りというよりは、許すタイミングを完全に失ってしまい、どうしていいか分からなくなっているようだった。
俺はそんなロウェナの隣にしゃがみ込み、クリスには聞こえないように、そっと耳元で囁いた。
「なあ、ロウェナ。クリスも、悪気があったわけじゃないんだ。それに、いいことを教えてやろう」
俺は悪戯っぽく笑いかける。
「次に宿場に着いた時、クリスに新しいおやつをねだってみろ。あいつ、申し訳なく思ってるからな。きっと、お前が欲しいだけ、たくさん買ってくれるはずだぞ」
その言葉は、魔法のように効いたらしい。
ロウェナはもじもじと指をいじりながらも、小さな声でクリスに告げた。
「……うん。もう、いい……でも、つぎは気をつけてね、とまるところついたら、いっぱい、かってね」
「ああ! もちろんだとも! 約束する!」
クリスの顔に、ようやく安堵の色が浮かんだ。
こうして、三人の間の小さな嵐は、ようやく過ぎ去っていった。
その日の夕食。
食事当番を命じられたクリスは、慣れない手つきながらも、一生懸命にスープを作っていた。
そして、出来上がったスープを三人の器によそう時、彼はロウェナのお椀にだけ、こっそりと肉や野菜の具を多めに入れてやった。
ロウェナはそれに気づくと、何も言わずに、ほんの少しだけはにかんだ。
俺はやれやれと肩をすくめ、煙草に火をつける。
温かいスープの湯気が立ち上る焚き火の前で、俺たちの旅は、またいつもの空気を取り戻していた。




