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【23000pv感謝】元衛兵は旅に出る〜衛兵だったけど解雇されたので気ままに旅に出たいと思います〜  作者: 水縒あわし
肉の街ヴァイデ編

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歪められた契約


 オーガの言葉は、夜の冷気よりも鋭く俺の思考に突き刺さった。



『金獅子』――街の経済を裏で操る存在の名を、なぜこの森の主のような魔物が知っているのか。



 張り詰めた空気の中、オーガは俺の構えが解かれていないのを見て、棍棒をゆっくりと地面に下ろした。


それは敵意がないことの証か、あるいは圧倒的な余裕の表れか。



「……お前たち、金獅子の手の者ではないのか?」


 オーガは、今度は疑念のこもった目でこちらを問い返してきた。



「ここ数日、我らの動きを嗅ぎ回る者がいると報告を受けていた。てっきり奴らの差し金かと思ったが……どうやら違うようだな」


 尾行していたのは、やはりこいつらだったか。


俺が狼から首輪を見つけたことを察知したわけではないだろうが、俺の存在が奴らの計画にとって想定外だったことは間違いない。



「金獅子と手を組むつもりはない。俺はただ、護衛としてここの牧場を守っているだけだ」


 俺の答えに、オーガは深く、重い息を吐き出した。


その息遣いには、怒りよりもむしろ、諦めに似た疲労感が滲んでいた。



「ならば話そう。我らがなぜこのような真似をするのかを」


 オーガは語り始めた。それは衝撃的な内容だった。



「我らは、『金獅子』と契約を結んでいる。奴らに危害を加えないこと、そして育った家畜だけを襲うこと。その見返りとして、奴らは我らの存在を黙認する……そういう取り決めだ」


 さらに、オーガは信じがたい事実を口にした。



「奪った家畜の一部は、奴らに渡している。我らにとっても不本意な契約だがな」



(……なんだそりゃ)


 言っていることが真実なら、これは茶番だ。


『金獅子』は亜人を利用して家畜を強奪させ、市場の品薄を加速させる一方で、その魔物からもピンハネしていることになる。


マッチポンプどころの話ではない。



 目の前のオーガたち――三体のオーガにワーグ、そしてまだ数十匹は残っているであろう狼の群れ。


戦って勝てない相手ではない。


だが、こいつらを倒したところで、元凶である『金獅子』が健在である限り、第二、第三の被害が出るだけだ。



「なぜそんな馬鹿げた契約を受け入れた? お前たちほどの力があれば、もっとマシなやり方があっただろう」


 俺の問いに、オーガの表情が苦渋に歪んだ。



「我らも、好きでやっているわけではない……」


 彼らは元々、ここから遠く離れた山地で静かに暮らす一族だったという。


しかし数ヶ月前、人間のならず者――野盗の集団に集落を襲われ、住処を追われた。


生き残った者たちで流浪し、食うにも困ってこのヴァイデ近郊に流れ着いたのだ。



「最初は、真っ当に仕事を探すつもりだった。だが、街へ向かう途中、最初に出会ったのが奴だ……仮面をつけた剣士だった」



 またしても、あの仮面の剣士。


「奴は圧倒的な力で、我らの仲間を数人、見せしめのように斬り捨てた。そして警告した。『街に近づけば皆殺しにする』と」


 オーガは拳を強く握りしめる。



「その時に、先の契約を持ちかけられた。食うに困っていた我々には、不本意だったが従うしか選択肢はなかったのだ」


 しばしの沈黙が流れる。


彼らは加害者であると同時に、被害者でもあった。


そして、その構図を作り上げた元凶は、ヴァイデの街の中にいる。



 俺はゆっくりと息を吐き、剣を鞘に戻した。



「事情は分かった。だが、このまま略奪を続ければどうなるか、お前たちも分かるはずだ」


 俺は店主たちがいる見張り台の方を指差す。



「お前たちが奪った家畜のせいで、街では多くの人間が困窮している。この事態が知れ渡れば、街は本格的な討伐隊を組むだろう。そうなれば、今のような生ぬるい戦いでは済まなくなるぞ」


「……!」


 オーガたちが息を呑む。


街の代表を名乗る『金獅子』との取り決めがあったのに、なぜそうなるのか。


彼らの顔には困惑と焦燥が浮かんでいた。



「金獅子がお前たちとの約束を守る保証はない。むしろ、邪魔になれば切り捨てるだろうな。討伐隊が来れば、お前たちはただの魔物として狩られるだけだ」


 俺はオーガのリーダーを真っ直ぐに見据えた。



「事情を聞いた手前、俺もそれは本意じゃない。だが、護衛としてここにいる以上、これ以上の略奪は見過ごせん」


「……どうしろと言うのだ」


「今は一度引け。俺が街に戻り、状況を変える道を探す。悪いようにはしたくない。俺の対応が決まるまで、待っていろ」


 オーガたちは互いに顔を見合わせ、しばらく議論していたが、やがてリーダー格のオーガが頷いた。



「分かった。信じたわけではないが、貴様の力は本物だ。今の我らに、貴様と争ってまで得るものはない。……だが、時間は稼げんぞ」


 オーガたちが狼の群れと共に闇に消えていくと、見張り台から店主や牧場主が駆け寄ってきた。



「エドウィン殿! 一体何を話していたんだ!?」


「オーガだと!? この辺りには住んでいなかったはずなのに……」


 俺は彼らに向き直り、重い口を開いた。



「どうやら、この一件の犯人は、あのオーガたちだけではないようです。むしろ、元凶は……俺たちが住む街の中にいる」


 俺は先ほどの事情を説明し始めた。


店主たちは、自分たちの商売敵が、魔物さえも手駒にして市場を操作していたという事実に、ただ愕然とするしかなかった。


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