肉の都の塩料理と、仮面の剣士の噂
どこまでも続く広大な草原に抱かれた『肉の都』ヴァイデ。
その活気は、城壁の外からでも肌で感じられるほどだった。
俺たちは約束通り、美味い肉を食べるため、人でごった返す街の通りで店を探し始めた。
しかし、どの店も満席だった。
何軒もの店先で断られ、クリスとロウェナの顔に落胆の色が浮かび始めた頃、ようやく一軒だけ空席のある酒場を見つけ、安堵して中に入る。
早速、名物だという肉料理を注文した。
新鮮なステーキを期待していたクリスとロウェナの前に運ばれてきたのは、塩漬け肉の煮込みや、干し肉を使ったソテーといった、保存肉がメインの料理だった。
二人はあからさまにがっかりした表情を浮かべる。
だが、一口食べた瞬間、その表情は驚きに変わった。プロの調理による深い味わい。
塩気の効いた肉の凝縮された旨味と、香味野菜と共にじっくり煮込まれたことで生まれた、ほろりと崩れるような柔らかさ。
三人は夢中で食事を進め、結果的には満足のいくものとなった。
食事中、俺は人当たりの良い店員に街の情報を尋ねた。
店員は、この街では宿屋と酒場、食堂が一体になっている店が多いこと、そして新しい街レセヴォアができた影響で特に混雑していることなどを親切に教えてくれる。
俺たちがレセヴォアから来たことを伝えると、店員は驚きつつも、「もしお宿がお決まりでなければ、うちの部屋はまだ空きがありますよ」と宿泊を勧めてきた。
食事を終え、俺たちはテーブルで相談を始めた。
クリスが疑問を口にする。
「これだけ美味しい料理を出すのに、なぜこの店だけが空いていたんでしょう。それに、どうして新鮮な肉が出てこないんだ?」
俺がその疑問を店員に遠回しに尋ねると、彼は悔しそうに事情を打ち明け始めた。
「実は、レセヴォアへの大規模な出荷で、街全体の生肉が品薄になってるんです。その上、『金獅子の咆哮亭』っていう羽振りの良い店が、残った肉をほとんど買い占めてしまって……」
すると、別の店員も話に加わってきた。
「うちは元々、新鮮な肉を使ったステーキが街でも評判だったんですが、生肉が入荷できなくなったせいで、ここ一月ほど閑古鳥が鳴いてるんですよ」
さらに、厨房から人の良さそうなおじさんが出てきて、重い口を開いた。
「ギルドを通じて抗議はしたんだがね。『金獅子の咆哮亭』は金に物を言わせて、おまけに、凄腕の『仮面の剣士』を用心棒として雇っててね。誰も手出しができないのさ」
仮面の剣士。
その言葉が出た瞬間、俺は無言で眉をひそめた。
同時に、隣でクリスが「まさか……!」と驚きの声を上げる。
クリスは興奮した様子で、堰を切ったように語り出した。
「俺に剣術を教えてくれた師が、昔、領都の武道大会でその仮面の剣士に敗れたことがあるんです! 師が『生涯で勝てなかった数少ない相手の一人』と語っていたほどの達人が、なぜ一介の店の用心棒のような真似を……」
徐々に冷静さを取り戻しながら、彼は強い疑問を口にする。
そして、決意を固めたように俺を見た。
「師匠! この剣士の情報を得るためにも、そして他の宿が混んでいることを考えても、この宿に泊まるべきです!」
俺はロウェナに視線を移した。
「ここに泊まることになりそうだが、いいか?」
ロウェナはクリスの話と店の状況を理解したのか、力強く頷いた。
「うん! おいしい、おにく、たべるため!」
健気な言葉に、俺は面倒なことになりそうだと半ば諦めながらも、内心では仮面の剣士を名乗るのが一体誰なのか、無視できない好奇心が芽生えているのを感じていた。
三人の意見が一致し、俺は厨房から出てきたおじさん――この店の主人に、正式に一部屋を借りることを伝えた。
「クリス、荷物を部屋に運んでおいてくれないか」
クリスが頷いて席を立つと、俺は主人からさらに話を聞いた。
「『金獅子の咆哮亭』で酔っ払いが剣を抜いたことがあったらしいんだが、その仮面の剣士が一瞬で蹴散らしたと、もっぱらの噂でね」
「肉の流通は、あと二月もすれば元に戻るだろう。だが、うちみたいな小さい店は、その時にはもうギリギリかもしれんよ」
主人に礼を言い、俺は部屋に戻る前に、店員に湯を部屋まで運んでもらうよう頼んだ。
久しぶりの、清潔で温かい湯が満たされた桶が部屋に置かれる。
俺とロウェナがいつも通り服を脱ぎ、体を綺麗にし始めると、クリスが真っ赤になって慌てふためいた。
「し、師匠! ロウェナちゃんもご一緒なのですか!?」
「いちいち気にするな。子供の体を見てどうこう思うほど、お前もガキじゃないだろう。早くお前も体を綺麗にしろ」
俺がクリスの頭を軽く小突く。
クリスは気まずそうに後ろを向いて体を拭き始める。
俺はその背中に向かって、先ほど宿主から聞いたことを話した。
「とりあえず、明日一日、街の様子を見て回る。それからどうするか決めよう」
「はい、師匠!」
「くりす、せなか、あらう?」
「い、いや! 大丈夫だ、ロウェナちゃん!」
久しぶりに湯でさっぱりとした俺たちは、それぞれのベッドに潜り込むと、長旅の疲れもあってすぐに深い眠りに落ちていった。




