師と弟子、そして仲間
レセヴォアの南門をくぐり、どこまでも続く一本の街道が俺たちの前に伸びていた。
ここから、三人でのヴァイデへの旅が本格的に始まる。
俺は隣を歩くクリスに向き直った。
「いいか、クリス。勘違いするな。俺はお前に剣の型を教える気はない。お前の剣はお前のものだ。俺が教えるのは、生き残るための戦い方と、この世界を渡っていくための術だ」
「はい……!」
「戦闘になったら、基本的にはお前が前に出ろ。俺はロウェナを守りながら、後ろから指示を出す。それでいいな?」
「はい、師匠! お任せください!」
緊張と決意に満ちた二人のやり取りを、ロウェナは不思議そうな顔で見上げていた。
旅の初日の夜営。
クリスは火起こしに手間取り、何度も火打ち石を打ち鳴らすが、一向に火口に火が移らない。
「くそっ、なぜつかないんだ……! 料理の準備も…いつもは仲間がやってくれていたから、その…」
その様子を見かねた俺は、ロウェナの肩を軽く叩いた。
「ロウェナ、クリスに火の起こし方を教えてやれ。この間の復習だ。わからないところがあったら、俺が教えてやるから、やってみろ」
ロウェナはこくりと頷くと、おずおずとクリスに近づき、身振り手振りを交えながら覚えたての知識を披露し始めた。
「くりす、ちがう。こう、ふわって」
「いし、こっち」
年下の少女に教えられることに、クリスは気まずさと照れくささを感じながらも、素直に耳を傾ける。
「あ、ああ…すまない、ロウェナちゃん。なるほど、そうするのか……」
やがてパチパチと音を立てて燃え上がった焚き火を囲み、ぎこちないながらも三人の間に最初の交流が生まれた。
道中、俺による実戦的な指導が始まった。
「クリス、目の前の道だけを見るな。左右の地形、風向き、太陽の位置。全てがお前の武器にも、敵にもなるんだ。あの丘の裏に身を隠されたらどうする?」
「はい! しかし、それは剣の型には…」
「型はあくまで基本だ。実戦で型通りに動いてくれる敵はいない。敵の足跡を見ろ。新しいか、古いか。一匹か、群れか。そこから何を読み取る?」
クリスは俺の言葉を一言も聞き漏らすまいと、必死に手帳にメモを取りながら食らいついていく。
俺がクリスの指導に時間を割くようになり、ロウェナは口に出さずとも寂しさを感じていた。
歩いている時、以前よりも強く俺の外套の裾を掴むようになり、夜営中も黙ってその隣に座り続ける時間が増えた。
俺は、その些細な変化に気づいていた。
ある日の午後、クリスが地図読みの練習をしている間、俺はロウェナの前にしゃがみ込む。
「ロウェナ、あの雲、何に見える? 俺には、でっかいパンに見えるな」
「……おさかな」
「そうか。よし、少し疲れただろ。今日は特別だ」
俺はそう言うと、ロウェナをひょいと肩車した。
久しぶりの高い視界に、彼女の顔がぱっと輝き、明るい笑い声が街道に響いた。
数日後、街道を外れた森で、オークの群れと遭遇した。
俺は宣言通り前に出ず、ロウェナを背に庇いながら戦況を観察する。
「くっ…! 一体倒しても、次から次へと…!」
教わった戦術を実践しようとするが、連携の取れたオークの群れに苦戦するクリスに、俺からの指示が飛ぶ。
「右翼のオークを陽の当たる場所に誘い込め! 眩しくて動きが鈍る!」
「囲まれるな! 足元の根に躓かせろ、まず動きを止めろ!」
クリスが指示に従い、どうにか一体を仕留めた隙に、討ち漏らした別のオークが俺たち目掛けて突進してきた。
俺はロウェナを庇ったまま、腰の剣を一閃する。
オークは声も無く崩れ落ちた。
俺はそのまま何事もなかったかのように指示を続ける。
クリスは辛くも群れを撃退した。
息を切らす彼に、俺は容赦なく反省点を突きつける。
「なぜ、最初に回り込もうとしたオークにすぐ気づけなかった? 敵を一体ずつ点で見るな。常に群れ全体を面で捉えろ。次はないと思え」
その夜、俺はロウェナに煙玉と鳴子を渡し、その使い方を教え始めた。
「いいか、ロウェナ。これは戦うためのものじゃない。敵から逃げる時間を作るためのものだ。自分の身は、自分で守る術も覚えろ」
旅の中盤、俺はクリスに新たな役割を与えた。
「人に教えることは、自分の一番の学びになる。今日から、ロウェナの文字の練習はお前が担当しろ」
「えっ、俺がですか!? わ、分かりました……!」
戸惑いながらも、クリスは自身の教養を活かし、丁寧にロウェナに文字を教え始める。
「ロウェナちゃん、これは『花』という字だ。道端に咲いている、あの綺麗な花と同じだよ」
「はな…」
「えどと、ちがう。おもしろい」
俺とは違う教え方が新鮮だったのか、ロウェナは徐々にクリスに懐いていった。
焚き火の前で、クリスが地面に書いた文字をロウェナが一生懸命に真似て、うまく書けるとクリスが頭を撫でて褒める。
そんな光景が、夜営の恒例となった。
数週間の旅を経て、三人は大きく成長した。
クリスは戦闘での状況判断能力が格段に向上し、ロウェナは話せる単語が増え、クリスとも自然に会話をするようになった。
長い旅路の果て、遥か前方の地平線に、広大な草原に広がる巨大な街『ヴァイデ』の城壁が見えてきた。
「見えました、師匠! あれがヴァイデですね!」
「わー! おっきい!」
長旅を乗り越えた達成感と、新たな街への期待に、三人の顔が輝く。
「さて、着いたな。約束通り、まずは美味い肉を食うぞ」
俺が二人に笑いかけると、クリスとロウェナは「はい!」「おにく!」と満面の笑みで応じた。




