闘技場の共闘
翌日、ため池の宿場は朝から奇妙な熱気に包まれていた。
闘技場の予選最終日ということもあってか、屈強な男たちの姿がそこかしこで目に付く。
俺は、クリスの剣技を一度見ている。
癖のない、実直な剣だ。
一対一の試合であれば、この予選を勝ち抜くこと自体は、そう難しくはないだろうと考えていた。
(問題は、乱戦にどう対応するか、だな……)
型に忠実なぶん、不測の事態への対応力は未知数だ。
そんなことを考えていると、ロウェナが俺の服の裾をぐいぐいと引っ張ってきた。
「えど、いく」
その瞳は、見に行こうとキラキラ輝いている。
仕方なく頷くと、ロウェナは嬉しそうに俺の手を引いた。
予選は、一度に十数人が闘技場に入り、最後まで立っていた者が勝ち残るという乱戦形式だった。
ゴングの音と共に、怒号と金属音が砂塵の中に渦巻く。
クリスは、その中で少し戸惑っているように見えた。
彼の剣は確かに鋭いが、多方向から同時に襲い来る攻撃に、捌ききれない場面が目立つ。
一人が剣で斬りかかってきた瞬間、別の男が足元を狙って蹴りを繰り出す。
クリスは剣での防御に意識を集中するあまり、その蹴りに気づくのが一瞬遅れる。
危ういところで身を翻して避けるが、体勢がわずかに崩れる。
その隙を狙い、遠巻きに見ていた男が、手にした短槍を投げつけてきた。
「危ない!」
観客席から声が上がる。
風を切って飛来する凶器に、クリスは咄嗟に体を捻って辛うじて回避した。
だが、完全に包囲され、じりじりと追い詰められていく。
その時だった。クリスと同じように、他の参加者から集中攻撃を受けていた一人の大男が、雄叫びを上げた。
「うおおおっ!」
手にした巨大な戦斧を、まるで風車のように回転させる。
その圧倒的な破壊力とリーチに、並の参加者たちはたじろぎ、距離を取った。
クリスは、その一瞬の隙を見逃さなかった。
包囲の一角をこじ開け、一気にその大男の背後へと駆け込む。
「背中は任せた!」
「おう!」
短い言葉の応酬。
即席の共闘が成立した。
大男――戦斧の男が、その剛腕で正面の敵を薙ぎ払う。
戦斧が空を切り裂く重い風切り音と、盾や鎧を砕く鈍い打撃音が響き渡る。
一人、また一人と、その豪快な一撃の前に吹き飛ばされていった。
クリスは、その男の背後を守ることに徹する。
戦斧の攻撃を掻い潜り、懐へ飛び込もうとする素早い敵を、正確無比な剣捌きで的確に仕留めていく。
彼の剣は、派手さこそないが、一撃一撃が急所を捉えていく、洗練されたものだった。
互いの死角を完璧に補い合い、二人は荒れ狂う乱戦の渦の中心で、確固たる砦となった。
やがて、闘技場に立つ者は、彼ら二人だけになっていた。
試合終了を告げるゴングが鳴り響き、観客席から割れんばかりの拍手と歓声が送られる。
闘技場を出てきたクリスは、汗だくになりながらも、やりきったという満足げな表情を浮かべていた。
その隣には、あの戦斧の男もいる。
「見事だったぞ、坊主!」
「あんたこそ! 助かった!」
二人は互いの健闘を称え合い、がっしりと握手を交わしていた。
昼食時、俺たちは四人で酒場のテーブルを囲んでいた。
「俺はギデオン。見ての通り、戦斧使いだ。よろしくな」
ギデオンと名乗った男は、豪快に笑いながら自己紹介した。実に裏表のない、実直そうな男だ。
「こちらは、俺の師匠であるエドさんと、お嬢さんだ」
クリスがそう紹介した瞬間、俺はわざとらしくゴホン、と咳払いをした。
「……っ! し、師匠では、まだない! ただの恩人だ!」
慌てて訂正するクリスを見て、ギデオンはカラカラと笑う。
ふと、ギデオンは俺とロウェナの首から下がったギルド証に気づいた。
「おお、あんたたちも冒険者か。俺も登録してるんだぜ」
そう言って、彼は自分のDランクのギルド証を見せた。
「俺は日々の小銭稼ぎが目的だからな。ランクには興味がねえんだ。身分証代わりになるし、護衛の依頼を受けりゃ、ただで他の街まで行けるからな」
自分がBランクである事を伝えるとギデオンは納得とばかりに頷く。
しかし、クリスは、俺がBランクであることの意味を、まだよく分かっていないようだった。
食事をしながら、俺はクリスに昼間の戦いの感想を伝えた。
「複数の相手に戸惑っていたな。だが、最後にギデオン殿と共闘して対処したのは良かった」
「はい……」
「ところで、この宿場にギルドの支店はあるのか?」
「いえ、ここには支店はありません。簡易的な出張所があるだけですな。街になるだけの規模なので、人は多いですが」
ギデオンが答えてくれた。
俺は視線をクリスに戻す。
「お前、宿はどうしてる。食事はちゃんと食ってるのか」
「食事は……取っている」
歯切れの悪い答えに、俺とギデオンは顔を見合わせた。
問い詰めると、クリスは肩を落とし、所持金がほとんど尽きかけていることを白状した。
「馬鹿野郎。戦うもんってのはな、しっかり休んで、腹を満たすのも仕事のうちなんだぜ」
ギデオンが、諭すように言う。
ロウェナは、しょげ返るクリスの肩を、小さな手でぽんと叩いた。
「がんばれ……」
その、しみじみとした声援に、クリスは顔を上げられずにいた。
解散し、宿に戻る道すがら、俺はクリスに告げた。
「荷物をまとめて、俺たちの宿に来い」
宿に戻り、一人分の追加料金を払って部屋で待っていると、クリスが恐縮しきった様子でやってきた。
「泊めてやるのは、本戦が終わるまでだ。それと……」
俺は、やれやれとため息をつく。
「本戦までまだ時間がある。昼間の戦いぶりは、正直、見ていて危なっかしかった。少しだけ、手助けしてやる」
その言葉に、クリスは顔を輝かせた。
「師匠! ありがとうございます!」




