気難しい老婆と、招かれざる声
教えられた薬屋は、宿場町の少し奥まった路地にひっそりと佇んでいた。
扉を開けると、様々な薬草が混じり合った独特の匂いが鼻をつく。
店番をしていたのは、深く刻まれた皺が気難しさを物語る、一人の老婆だった。
「いらっしゃい。……なんだい、その子の足は」
俺が事情を説明すると、老婆は「そこに座らせな」と顎で椅子を指した。
言われた通りにロウェナを座らせると、老婆は手慣れた様子で包帯を解き、小さな足首を注意深く診ていく。
「ふん、大したこたあないね。もう治りかけだ。二、三日、走ったり跳ねたりしなけりゃ大丈夫さ。ゆっくり歩く分には構わんよ」
手当てを終えた老婆に、ロウェナは椅子から降りて、小さな体で深々とお辞儀をした。
その健気な仕草に、老婆の険しい表情がほんの少しだけ和らぐ。
「……これでも舐めときな」
ぶっきらぼうに差し出されたのは、痛みを和らげる効果があるという、甘い薬草の飴だった。
老婆は俺に視線を移し、鋭く問いかける。
「あんたたち、旅人だね。手持ちの薬はどうなってるんだい」
「傷用の薬草と、簡単な毒消しくらいです。捻挫に効きそうな薬草は、この子の手当てで丁度使い切ってしまいました」
ピップからもらった薬草袋が、もう空になっていることを思い出す。
俺の答えに、老婆は心底呆れたように、大きなため息をついた。
「子連れで旅をするってのに、準備が心許ないね。訳ありなのかもしれないが、それじゃあいざという時に困るだけだよ」
結局、俺は老婆に言われるがまま、捻挫用の張り薬や痛み止め、解熱効果のある薬草など、細々とした薬品をひと通り買い揃えることになった。
会計を済ませると、老婆はロウェナの前にしゃがみ込み、その金色の髪を優しい手つきで撫でた。
「ほら、これで大丈夫さ。ばあちゃんが、ちゃんと準備させてやったからね」
薬屋を後にし、次に訪れたのは革製品の店だった。
店主に事情を話すと、奥から一つ、丈夫そうな小袋を持ってきてくれた。
「こいつは沼ネズミの皮でできててね。水には強い方さ。まあ、完全に防水ってわけじゃないが、多少の雨なら中身を守れるだろうよ」
手帳を入れるにはちょうどいい大きさだ。俺は礼を言ってそれを買った。
店主と話す中で、この宿場で一番の腕利きだという武具職人の工房の場所も教えてもらうことができた。
話を頼りに訪ねた工房は、頑固そうな職人気質の男が一人で切り盛りしていた。
俺が腰の片刃剣を手入れしてほしいと頼むと、職人は鞘から抜かれた剣を一目見て、目を大きく見開いた。
「……こいつは、見事なもんだ。この感じは領都の職人かい? こんな見事な鍛えの剣は、久しぶりに見たぜ」
職人は領都の鍛冶屋の腕に感嘆しきりで、ぜひ手入れさせてほしいと申し出てきた。
「手入れの間、予備の剣を貸そうか?」という申し出に、俺は一振りの剣を借り受ける。
ふと、棚に詰められた投げナイフが目に入った。
孤児院時代、流れ者の元冒険者から使い方を教わったことを思い出し、護身用にとまとまった数を買うことにした。
剣を預け、街をぶらついていた、その時だった。
三人の、いかにもならず者といった風体の男たちが、俺たちの前に立ちはだかった。
「よう、兄ちゃん。そこのガキ、なかなか綺麗な顔してんじゃねえか。売り物かい?」
下卑た笑いを浮かべる男に、その仲間が呆れたように言う。
「おい、やめとけよ。さすがに幼すぎだろ……」
「まあまあ、いいじゃねえか。なあ嬢ちゃん、今晩俺の相手してくれたら、それなりの金額出すぜ?」
俺は咄嗟に、ロウェナの両耳を強く塞いだ。
俺の表情から怒りを読み取ったのだろう。
だが、男たちはなおも面白そうに言葉を続けた。
俺は何も言わず、彼らを無視して先に進もうとする。
その瞬間、リーダー格の男が俺の肩を乱暴に掴んだ。
「待てよ。……まあ、いいや。そのガキの代わりに、俺たちが遊ぶための金をくれよ」
「……仲間同士、慰め合ってろ」
俺が冷たく突き放すと、男たちの顔色が変わった。
「てめえ……!」
怒りに任せて、襲いかかってくる。
俺はロウェナを背中に庇い、空いている左手一本で、その全てをあしらっていく。
殴りかかってきた男の拳を余裕を持って躱し、そのまま背中を軽く蹴り飛ばす。
別の男が繰り出してきた蹴り足を払い、体勢を崩したところでもう片方の足をかけて転ばせた。
リーダー格の男が掴みかかってきた腕は、関節の流れに沿って軽く捻り上げる。
「ぐあっ!」
最小限の動き。
最小限の力。
だが、それだけで十分だった。
あっという間に地面に転がされた男たちは、泣きつくように、少し離れた場所で腕を組んで様子を見ていた、もう一人の仲間に助けを求めた。
「兄貴ぃ! こいつ、やべえ!」
その声に、これまで後ろで傍観していた男が、面倒くさそうに、一つ大きなため息をついた。
そして、ゆっくりとこちらへ歩みを進めてくる。




