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【23000pv感謝】元衛兵は旅に出る〜衛兵だったけど解雇されたので気ままに旅に出たいと思います〜  作者: 水縒あわし
肉の街ヴァイデ編

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川の宿場とお姫様ごっこ


 部屋に干された洗濯物が、ランプの淡い光を受けて静かに揺れている。



 夕食の時間になり、俺はロウェナにゆっくりと手を貸した。


 「さあ、行こうか」



 まだ少し痛むであろう足を引きずるロウェナを支え、一歩一歩、慎重に階段を下りていく。



 その様子を見ていた宿の若い女性店員が、くすりと笑いながら声をかけてきた。



 「あらあら、まるで騎士様がお姫様をエスコートしているみたいですわね」


 その言葉に、ロウェナは顔をカッと赤くして、恥ずかしそうに俺の後ろに隠れてしまった。



 食堂に移動すると、そこは予想以上に多くの客で賑わっていた。


 席数が少ないのか、ほとんどのテーブルが埋まっている。



 「すみません、席は空いてますか?」


 近くにいた店員に尋ねると、申し訳なさそうな顔で頭を下げた。



 「申し訳ありません。この宿場は川のすぐ側でして、新鮮な魚が名物なんです。晴れた日は、皆さん川沿いの屋台で食事を済ませることが多いので、うちの食堂は他の宿場に比べて少し小さめに作ってありまして……」


 店員は、慌てて付け加える。


 「ですが、味は保証しますよ! うちの親父の魚料理は絶品ですから!」



 「なるほど。それなら、部屋で食事をさせてもらうことは可能ですか? 時間はかかっても構いません」


 「ええ、もちろんです! では、後ほどお部屋までお持ちしますね」


 俺は「今日のおすすめ」を二人分頼むと、ロウェナを連れて一度部屋に戻った。




 「少し待っててくれ。すぐに戻る」とロウェナに一言かけ、俺は再び一人で食堂へと向かった。


 先ほどの女性店員を捕まえ、俺は声を潜めてあるお願い事をした。




 俺の言葉を聞いた店員は、ぱっと顔を輝かせる。


 「まあ! さっきのお姫様にですね! お任せください!」


 彼女はにっこりと笑い、任せてくださいとばかりに胸を叩いた。



 部屋に戻ると、ロウェナが机に向かい、何やら真剣な様子で集中している。


 俺が戻ってきたことにも、まだ気づいていないようだ。




(何をしてるんだ……?)


 俺は扉に背を預け、物音を立てないように、静かにその様子を見守った。



 ロウェナは、机の上に、自分の小さな指で何度も何度も何かを書いている。




 それは、文字だった。




 俺が教えた、彼女自身の名前。

 そして、俺の名前。



 たどたどしい指の動きで、一生懸命に、形をなぞっている。


 その健気な姿に、胸の奥が温かくなった。




 しばらくして、ふと顔を上げたロウェナが、俺の存在に気づき、ビクッと肩を揺らした。



 俺は微笑みながら彼女に近づき、その頭を優しく撫でてやった。


 「偉いな、ロウェナ。ちゃんと練習してるんだな」



 褒められたのが照れくさかったのか、ロウェナは顔を赤くして、俺の胸をポコポコと小さな拳で叩いて笑っている。



 しばらく二人で字の練習をしていると、コンコン、と扉がノックされた。



 食事が運ばれてきたのだ。


 テーブルに並べられた料理は、どれも湯気が立ち上り、食欲をそそる良い香りがした。




 メインは、大きな葉で包んで蒸し焼きにされた川魚だ。

ふっくらとした白身は、ハーブの香りと魚自身の旨味で満ちていて、口に入れるとほろりととろけた。



 付け合わせの、根菜をたっぷり使った温かいスープと、黒パンも、冷えた体には何よりのご馳走だった。




 食事を終え、二人で満足して一息ついていると、再び扉がノックされた。



 顔を出したのは、先ほどの女性店員だった。



 「デザートをお持ちしました」



 彼女が運んできたのは、豆を甘く煮て、ふかふかの生地で包んだ温かいお菓子だった。



 「これは?」


 「この宿場の側を流れる川はアポン川っていうんです。それにちなんで、『アポンまんじゅう』って言うんですよ」



 店員はそう説明すると、ロウェナの前にそっと皿を置いた。


 「さあ、お姫様。旦那様からのプレゼントでございます。どうぞ、召し上がれ」



 その言葉に、ロウェナはきょとんとした顔で俺を見る。


 俺も悪戯っぽく笑い、芝居がかった仕草で言った。



 「ロウェナ姫、日頃の感謝の印だ。受け取ってくれるかな?」



 二人に立て続けにお姫様扱いされ、ロウェナの顔はみるみるうちに真っ赤になった。

そして、恥ずかしそうに俯きながらも、小さな口で、こくりとまんじゅうを頬張った。

 



 その日の夜。




 ロウェナは、すっかりお姫様気分が抜けないらしい。



 俺がベッドの準備をしていると、彼女は自分のベッドにちょこんと座り、俺に向かって言った。



 「えど、あし」


 そう言って、自分の捻挫した足を指差す。

どうやら、マッサージをしろということらしい。



 俺は苦笑いを浮かべながら、その小さな足元に跪いた。


 「はいはい、お姫様は足がお疲れでございますか」


 捻挫した箇所を労わるように、ふくらはぎを優しく、ゆっくりと揉んでやる。



 やがて寝る時間になり、俺がロウェナをベッドに寝かせると、今度は布団の中から俺を見上げ、にこりと笑ってねだって来た。



 「えお、うた」



 子守唄、か。



 俺は知っている歌など一つもなかったが、仕方ない。

昔、孤児院で誰かが口ずさんでいたような、適当なメロディを鼻歌で歌ってやった。



 ロウェナはそれに満足したのか、嬉しそうに目を閉じ、すぐに穏やかな寝息を立て始めた。




 その寝顔を見届け、俺は自分のベッドに戻る。

 机の上の手帳が、ランプの熱で完全に乾いているのを確認し、ペンを取った。



 今日の出来事を思い出し、自然と笑みがこぼれる。



 ――川沿いの宿場にて。お姫様は、たいそうご満悦のようだった。



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