表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【23000pv感謝】元衛兵は旅に出る〜衛兵だったけど解雇されたので気ままに旅に出たいと思います〜  作者: 水縒あわし
肉の街ヴァイデ編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/103

平原の夜明けと、小さな足跡


 夜明けは、空の明るさだけで知ることができた。



 灰色の雲は分厚く空を覆い尽くし、夜通し降り続いた雨は、その勢いを少しも弱めることなく地面を叩き続けている。


 岩陰で身を寄せ合っていても、絶えず吹き付けてくる風が、容赦なく体温を奪っていった。



 ロウェナは、すっかりむくれていた。


 俺に掛けてもらった毛布にくるまり、岩陰の端っこで膝を抱え、ただじっと、終わりの見えない雨を眺めている。



 時折、退屈そうにため息をつき、近くにできた水たまりを、拾った小枝でつんつんと突いていた。



 やがて、それにも飽きたのか、今度は足元に転がっていた小石を拾い上げ、外に向かってぽい、ぽいと投げ始めた。


 もちろん、その小さな石が雨音にかき消されるだけで、何かが変わるわけでもない。




 そんな時間が、どれくらい続いただろうか。



 昼をとうに過ぎた頃、ようやく、あれほど激しく降り注いでいた雨が、少しずつその勢いを弱めていった。



「……よし。今のうちに行くか」


 俺は立ち上がり、背囊からロウェナの着替えを取り出した。



濡れて冷たくなった毛布をしまい、乾いた移動用の服に着替えさせる。


「さあ、ロウェナ。少しでも先に進もう。宿場に着けば、温かいものが食べられるぞ」


 俺の言葉に、ロウェナはこくりと頷き、小さな手を差し出してきた。




 俺たちは再び、ぬかるんだ平原へと足を踏み出した。


 道だった場所は、もはや茶色い泥の川のようになっている。

一歩進むごとに、足がずぶずぶと沈み、思うように前に進めない。



 慎重に、慎重に歩を進めていた、その時だった。


 


 ズルッ。




「あっ!」



 小さな悲鳴と共に、ロウェナが足を取られて派手に転んだ。



 全身、泥まみれだ。



 外套はもちろん、中に着ていた移動用の服まで、茶色い泥で汚れてしまっている。



 それは、汚れてもいいようにと選んだ服だったが、ロウェナはひどくショックを受けたようだった。



 大きな瞳にみるみるうちに涙が溜まっていくのを、必死に堪えている。



「大丈夫か、ロウェナ!」


 俺はすぐに駆け寄り、彼女の体を抱き起こした。



「どこか、痛いところは?」



 ロウェナは小さく首を横に振るが、立ち上がろうとした瞬間、顔をしかめて小さく呻いた。



 靴を脱がせると、右の足首が僅かに赤く腫れている。



(……捻挫、か。たいしたことはなさそうだが)



 俺はロウェナの前にしゃがみ込み、背中を向けた。


「ほら、乗りな。ここからは、俺が運んでやる」



 ロウェナは、申し訳なさそうな顔で、おずおずと俺の背中にしがみついた。



 小さな体を背負い、俺は再び歩き出す。




 雨と泥濘で足場は最悪だったが、ロウェナに心配をかけさせないよう、努めて平然と、力強い足取りで進んだ。



 やがて、空を覆っていた厚い雲の隙間から、夕日を示す橙色の光がうっすらと差し込み始めた。


 そして、遥か前方に、川沿いに広がる宿場の温かい明かりが見えてくる。




「見ろ、ロウェナ。もう少しだ」


 俺の言葉に、背中でロウェナが小さく頷くのが分かった。




 宿場に着いた俺たちは、一番大きくて綺麗そうな宿を選んで飛び込んだ。



「すみません、部屋を一つお願いします。それと、湯をすぐに用意してもらえませんか」



 カウンターにいた人の良さそうな女将さんは、ずぶ濡れで泥だらけの俺たちを見て、驚きながらも優しく応対してくれた。



「あらまあ、ひどい雨の中、ご苦労様でしたね。お嬢ちゃんも、大変だったでしょう。ええ、すぐに湯を用意させますよ」


 部屋に案内されると、俺はすぐにロウェナの泥だらけの服を脱がせた。




 足の腫れは、幸いひどくはない。 


 運ばれてきた湯で、まずはロウェナの体を丁寧に拭いてやった。


ピップにもらった薬草をすり潰し、布に塗って優しく巻いてやる。


 他に怪我がないことを確認すると、彼女は気持ちよさそうに目を細める。




 その表情に、俺も安堵のため息を漏らした。


 続いて、俺も自分の体を洗い、汚れた服を着替える。




 さっぱりとした体でベッドに腰掛けると、どっと疲れが押し寄せてきた。



 だが、まだやることは残っている。



 俺は女将さんにもう一度湯の交換を頼み、脱衣所に汚れた服を持ち込んだ。



「ロウェナ、洗濯するぞ。見てな」



 桶に張られた湯で、泥を丁寧に洗い落としていく。



 ロウェナも、俺の隣で、自分の下着を一生懸命に洗い始めた。


 見様見真似のぎこちない手つきだったが、その姿がなんだか微笑ましい。



「違う、そうじゃない。こうやって、優しく揉むように洗うんだ」


 俺が手本を見せると、ロウェナは真剣な顔でそれを真似た。



 洗い終えた洗濯物を固く絞り、部屋の中にロープを張って干していく。



 部屋は、たちまち湿った匂いで満たされた。

 俺は窓の外に目をやった。

雨はまだ、しとしとと降り続いている。



(この服が乾くまでは、動けないな……)


 それに、ロウェナの足も、もう少し休ませてやりたい。




(まあ、焦る旅でもないからな)


 俺はベッドの脇に置いた背囊から、騎士様にもらった手帳を取り出した。



 だが、その手帳は、雨で端の方が少し濡れてしまい、インクが滲んでしまっている。



(……まずいな)


 俺は心の中で小さく舌打ちをした。



 

(どこかで見かけたら、耐水性のある革袋でも買うか……)


 そんなことを考えながら、俺は滲んだ文字を、そっと指でなぞった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ