平原の雨
黒葉の森を抜け、俺たちはしばらく平原を歩き続けた。
どこまでも広がる緑と、遮るもののない青空が心地よい。
しかし、地図を広げて現在地を確認すると、少しばかり問題が浮かび上がった。
「ロウェナ、次の宿場までは、まだかなり距離がある。このままだと、日暮れまでにたどり着けるか微妙だ」
俺はロウェナに説明する。
「だから、今日は少し早目に、夜営にしよう。良さそうな場所を探しながら進むぞ」
ロウェナはこくりと頷いた。
街道を歩きながら、野営に適した場所を探す。森の中とは違い、身を隠せるような場所は少ない。吹いてくる風が、少し生温かく、湿り気を帯びているのが気になった。
結局、良い場所は見つからず、俺たちは仕方なく、街道から少しだけ離れた平原で夜営の準備を始めた。
「いいか、まず地面が平らな場所を選ぶんだ。石ころがあったら、寝る時に痛いからな」
俺は、まだ手つきの慣れないロウェナに、優しく教えながら準備を進める。
二人で周囲から枯れ枝を探し、地面に突き立てて、黒葉の森で手に入れた鳴子を設置していく。
夕食は、昨夜獲った水蛇の尻尾の残りをスープに入れることにした。
しかし、焚き火で温められたスープからは、昨日とは違う、なんとも言えない青臭い匂いが立ち上る。一口啜ってみると、眉間に皺が寄った。強いエグみが出てしまっている。
「……駄目か。一日経つと、こうも味が落ちるのか」
肉も、煮込んだせいで硬くなりすぎて、分厚い皮を噛んでいるかのようだ。
ロウェナも、スープを一口飲んで、顔をしかめている。
それでも、他に食べるものがないのを分かっているのか、嫌そうな顔をしながらも、ゆっくりと黒パンでそれを胃に流し込んでいた。
味気ない食事を終え、俺たちは雲の切れ間に覗く星空を見上げながら、静かに過ごした。
やがて、旅の疲れからか、ロウェナは俺の隣で眠りに落ちた。
それから、しばらくした頃だった。
生温かい風がぴたりと止み、空気が変わり草の匂いが、急に濃くなる。
程なくして、ポツ、ポツ、と大粒の雨が地面を叩き始めた。
雨音で、ロウェナも目を覚ます。
「ロウェナ、荷物をまとめておけ! すぐに出発するぞ!」
俺はそう指示を出し、急いで周囲に設置した鳴子を回収した。
まだ夜明けまでは、ずいぶんと時間があるはずだ。
だが、この平原で、遮るもののないまま夜通し雨に打たれるのは危険すぎる。
俺はロウェナの小さな手を固く繋ぎ、再び街道を歩き始めた。
雨脚は、どんどん強くなっていく。
ぬかるんだ道に足を取られないよう、しかし、できるだけ急いで。
道を外れないように、一歩一歩、着実に前へ進む。
ロウェナは何も言わず、俺の手を強く握り返し、必死についてきていた。
雨が止む気配はない。
ずぶ濡れになりながら歩き続けていると、道なりに、少しだけ窪んだ岩陰があるのを見つけた。
「ロウェナ、あそこだ!」
俺たちは、その岩陰へと駆け込んだ。
風向きのおかげで、雨が直接当たるのは避けられる。
多少まし、という程度だが、それでも何もないよりはずっと良い。
「大丈夫か?」
俺が尋ねると、ロウェナは寒さに震えながらも、笑ってみせた。そして、自分の両腕を抱くような仕草をする。
「えお、あむい」
はっきりと、そう言った。
たどたどしいが、それは確かに、「さむい」という言葉だった。
俺は、その言葉に一瞬、驚いて目を見開いた。
(……話した)
込み上げてくる感情を抑え、俺はすぐにロウェナの濡れた服を脱がせた。
そして、背囊から乾いた毛布を取り出し、その小さな体をすっぽりと包んでやる。
「ああ、寒いな。これで少しは暖かいだろ」
俺がそう言って頭を撫でると、ロウェナは毛布の中からこくりと頷いた。
俺たちは、小さな岩陰で身を寄せ合い、ただひたすらに、この長い夜の雨が止むのを待った。




