また会う日まで
黒葉の森の手前にある宿場に到着した俺たちは、『黒い短剣』の皆と共にそれぞれ部屋を取った。
ノーレストを出てから、共に過ごす最後の夜。俺たちは全員で食堂に集まり、夕食のテーブルを囲んだ。
フィオナとライラは、これが最後とばかりにロウェナの隣に座り、名残惜しそうに彼女の世話を焼いている。
「ゴードンさん、皆には本当に世話になりました」
俺が言うと、ゴードンはエールを一口飲み、真剣な顔でこちらを見た。
「礼には及ばねえよ。だが、エドウィン。一度は抜けた森だとしても、油断はするな。何が潜んでいるか分からんからな」
「はい。肝に銘じます」
すると、隣からピップがおずおずと小さな革袋を差し出してきた。
「あの、これ……餞別です。僕が集めた薬草をいくつか調合したものですから、軽い傷なら効くと思います」
「ありがとう、ピップ。助かるよ」
食事が終わり、そろそろ部屋に戻ろうかという時だった。
これまで黙って食事をしていたザックが、懐から何かを取り出し、ロウェナに無言で差し出した。
それは、不器用な手で彫られたであろう、少し歪だが味のある、木彫りの鳥のお守りだった。
ロウェナは、そのお守りを受け取った瞬間、全てを理解したようだった。
これが、お別れの印なのだと。
俯いて、今にも泣き出しそうなのをぐっと堪え、小さな手でもらったばかりのお守りを強く握りしめる。
そんなロウェナを、フィオナとライラが両側から優しく抱きしめた。
「大丈夫よ、ロウェナちゃん。別れは寂しいけど、またきっと会えるから」
部屋に戻る前、俺は『黒い短剣』の皆に向き直り、深く、長く頭を下げた。
「皆さんのおかげで、ここまで本当に心強かった。このご恩は忘れません。本当に、ありがとうございました」
翌朝、支度を終えた俺とロウェナが食堂に降りると、そこには既に『黒い短剣』の皆が静かに集まっていた。
昨夜までの賑やかさが嘘のように、誰もが口数少なく、ただ黙々と朝食を口に運ぶ。
名残惜しい空気が、食堂全体を支配していた。
やがて、宿の前で、別れの時が来た。
「達者でな、エドウィン。お前さんなら大丈夫だろうが、無理はするなよ」
「ロウェナちゃん、また絶対に会いましょうね!」
「……気をつけて行けよ」
皆が、それぞれの言葉で俺たちを送り出してくれる。
ロウェナは、溢れそうになる涙を必死にこらえながら、小さな手で皆に何度も手を振った。
『黒い短剣』の皆に見送られ、俺たちは黒葉の森へと続く道を踏み出す。
時折、後ろを振り返ると、彼らはまだそこに立って、こちらを見ていた。
ロウェナは、その姿が見える度に、大きく、大きく手を振り返す。
やがて、道のカーブを曲がり、彼らの姿が見えなくなった。
静寂が訪れたその瞬間、ずっと我慢していたロウェナの堪忍袋の緒が、ついに切れた。
その場に立ち尽くし、わっと声を上げて泣き出してしまった。
俺はロウェナの隣にしゃがみ込み、その小さな肩に優しく手をかけた。
「旅をしていれば、たくさんの人に出会う。そして、同じだけ別れもあるんだ。……寂しいが、それは仕方のないことなんだよ」
俺は、諭すように、ゆっくりと語りかける。
「でもな、ロウェナ。別れは、終わりじゃない。また、きっと会えるから」
俺の言葉に、ロウェナはしゃくり上げながらも、こくりと頷いた。
そして、自分の服の袖で乱暴に涙を拭うと、差し出された俺の手を、今度はしっかりと握り返した。
さあ、行こう。
俺たちの目の前には、静寂に包まれた黒葉の森が、どこまでも広がっている。




