再会と、思い出の始まり
アデル丘陵での短い滞在を終え、俺たちは麓の宿場町を後にした。
帰りは乗り合いの馬車を使い、一度別の宿場に泊まって、無事にノーレストの街へと戻ってくることができた。
道中は驚くほど平穏だった。
ノーレストの街に戻ると、俺たちはまず『金色の秤亭』へ向かう前に、一軒の文房具店に立ち寄った。
「ほら、ロウェナ。お前の分だ」
俺は、自分用の新しい手帳と一緒に、小さな革張りの手帳と一本のペンをロウェナに手渡した。
「お前も、これからは自分の旅の記録を書いていくんだ。字は、俺がゆっくり教えるからな」
ロウェナは、きょとんとした顔でそれを受け取ったが、すぐに意味を理解したのだろう。
新しい自分だけの手帳を、宝物のようにぎゅっと抱きしめた。
『金色の秤亭』に着くと、店主が「おう、おかえり!」と温かく迎えてくれた。
数日分の宿を取り、部屋に荷物を置く前に、店主から耳寄りな情報を教えてもらう。
「伝言は『黒い短剣』の連中に伝えといたぜ。そしたら、お前さんに話があるからって、さっき冒険者ギルドに行ったところだ、まだいるだろうから顔出してやりな」
「そうですか。ありがとうございます」
荷物を部屋に放り込み、俺たちはすぐさま冒険者ギルドへと向かった。
ギルドの中は相変わらず活気に満ちている。その一角に、見知った顔ぶれがあった。
「ゴードンさん!」
俺が声をかけると、『黒い短剣』のリーダーであるゴードンが、仲間たちと共にこちらを振り返った。
そして、俺と隣に立つロウェナを見て、目を丸くする。
「おお、エドさんか! いやいや、店主から伝言は聞いたが、まさかお前さんが子連れだとは思わなかったぞ! 一体どういうことだ!?」
フィオナやライラも、驚いた顔で俺とロウェナを交互に見ている。
ロウェナは、屈強な冒険者たちに囲まれ、少し緊張した様子で俺の後ろに隠れてしまった。
俺は苦笑いしながら、黒葉の森に入ってからの出来事を掻い摘んで説明した。
ロウェナを保護したこと、追ってきたドレイクを撃退したこと、そして、彼女と共に旅を続けるために冒険者になったこと。
「――というわけで、この子も一応、俺のパーティーメンバーなんです」
そう言って、俺は自分の金色のギルド証を見せた。
「ちょっと待って! あなた、もうBランクなの!?」
フィオナが、信じられないといった声を上げる。
「私たちが何年かかってると思ってるのよ!」
「俺たちは、ピップがCで、他はようやくBに上がったところだっていうのによ」
大柄な戦士のザックが、自分たちのギルド証を見せながら、呆れたように言った。
話が一段落すると、フィオナとライラが「可愛いー!」と言いながらロウェナに駆け寄ってきた。
しかし、筋肉質なザックの巨体が怖かったのか、ロウェナは俺の後ろから離れようとしない。
そんなロウェナを見て、薬師のピップがオドオドしながらフォローしてくれた。
「だ、大丈夫だよ。ザックは見た目ほど怖くないから……ね?」
ピップの優しい声に、ロウェナも少しだけ警戒を解いたようだった。
結局、俺たちは皆で夕食を取ることになった。
酒を飲みながら、俺はアデル丘陵で『精霊の天蓋』を見てきたことを話した。
ロウェナは、フィオナとライラに挟まれ、ジュースを飲んだり料理を取り分けてもらったりしながら、すっかり可愛がられている。
やがて、話題はドレイク撃退の話になった。
「単独でドレイクに致命傷、か……。俺たちでも、まともにやり合えば苦戦は必至だな」
ゴードンが腕を組んで唸る。
そこから、どうすれば効率よくドレイクを狩れるか、という戦術の話し合いが始まった。
俺も、自分の体験を交えながら、尻尾の攻撃パターンや、口内が意外と脆いことなどをアドバイスした。
話が弾んだが、ロウェナがこくりこくりと舟を漕ぎ始めたのを見て、その日はお開きとなった。
宿の部屋に戻り、ロウェナをベッドに寝かせる。
俺はランプの明かりの下、昼間に買ったばかりの新しい手帳を取り出した。
最初のページを開き、ペンを走らせる。
『――領都を出発。長年勤めた衛兵を解雇された。代官騎士様との約束を思い出し、気ままな旅に出ることにした』
『――黒葉の森。巨大なドレイクと遭遇。死闘の末、一人の少女を助けた。言葉を話せないその子に、俺はロウェナと名付けた』
そこまで書いたところで、俺はペンを置いた。
(……続きは、また明日にするか)
ロウェナのベッドに近づき、ずり落ちていた布団をそっと掛け直してやる。
そして、その金色の髪を一度だけ優しく撫でてから、俺も自分のベッドに入った。




