旅立ちの前夜
ある程度の荷物を背囊にまとめ終えると、俺はベッドに腰掛けて一息ついた。
ロウェナはと言えば、ベッドの上に以前買った服を何枚も広げ、真剣な顔で腕を組んでいる。
どうやら、明日の旅に何を着ていくか、悩んでいるらしい。
(街なかで着る服と、移動用の服。ちゃんと分けてやった方がいいか……)
そんなことをぼんやり考えていると、自然と視線は手元にある古い手帳へと落ちた。
代官騎士様にもらった、大切な手帳だ。
パラパラとページをめくる。
領都を出て、まだ一月も経っていない。
それなのに、この手帳に書き込まれた出来事の、なんと濃密なことか。
黒葉の森。
巨大なドレイクとの死闘。
そして――ロウェナとの出会い。
果ては、冒険者になるなんて。
思い返しているうちに、思わず、くつくつと笑いが込み上げてきた。
気ままな一人旅になるはずが、どうしてこうなったのか。
(……まあ、悪くない)
俺はペンを取り、今日あった出来事を手帳に書き込んでいく。
その時、ふと思いついた。
(そうだ。もう一冊、新しい手帳を用意しよう)
この手帳は、騎士様との約束を果たすための、計画や情報を記す道標だ。
旅の思い出――ロウェナとの日々を記すには、また別の冊子がいいだろう。
一人で笑みを浮かべている俺を、ロウェナが不思議そうな顔でじっと見つめているのに気づいた。
「どうした?」
俺が尋ねると、ロウェナは小さく首を傾げただけだった。
夕食の時間になり、俺たちは宿の食堂へと降りていった。
昼間のギルドでの一件が、もう広まっているのだろう。俺たちが姿を見せると、食堂の中が少しだけざわついた。
俺はそんな視線を気にも留めず、空いている席を確保する。
通りかかった店員に今日の夕食を二人分頼み、ロウェナに「少し待っててくれ」と伝えてから、受付にいる店主のもとへと向かった。
「店主さん、少しよろしいですか」
声をかけると、店主は愛想の良い笑みを浮かべてこちらを向いた。
「おう、エドウィン。どうした?」
「明日、アデル丘陵に向けて出発しようと思います。なので、一旦宿代を精算させていただきたいのと……明日の朝、出発する時に、四日分ほどの携帯食を用意していただけますか?」
俺の言葉に、店主は少しだけ寂しそうな顔をしたが、すぐに頷いた。
「なんだい、もう行っちまうのかい。寂しくなるねえ。分かったよ、精算と食事の用意は任せときな!」
「ありがとうございます。それと、ついでに一つ」
俺は去り際に、気になっていたことを尋ねた。
「『黒い短剣』の皆さんは、ここをよく使われるんですか?」
「ああ、フィオナたちのことかい? 連中が街に戻ってきた時は、大抵うちに泊まっていくよ。腕は確かだし、気風のいい奴らさ」
やはりそうか。また会う機会もあるかもしれないな。
礼を言って席に戻ると、テーブルの上にはもう温かい夕食が並べられていた。
ロウェナは、料理に手をつけることなく、俺が戻ってくるのを静かに待ってくれていた。
「ありがとう。さあ、食べようか」
二人で黙々と、しかし温かい食事を味わう。
食事を終え、部屋に戻ると、今度はロウェナの洋服選びに付き合うことになった。
「うーん……滝を見に行くなら、こっちの方が動きやすいんじゃないか?」
俺が丈夫なズボンとチュニックを指差すと、ロウェナはこくりと頷き、それに決めたようだった。
明日着る服と、それ以外の服を畳み、ロウェナの背囊に仕舞っていく。
一通りの準備を終え、俺たちはベッドに潜り込んだ。
柔らかいシーツの感触が心地よい。
隣からは、ロウェナの穏やかな寝息が聞こえてくる。
明日からは、また土の上で眠る日が多くなるだろう。
だが、それもまた、旅だ。
俺は静かに目を閉じた。




