精霊のヴェール
冒険者ギルドを出て宿に戻ると、カウンターにいた店主が、俺の手に持つ金色のギルド証に気づき、目を丸くした。
「おいおいエドウィン! そいつは……金色じゃないか! まさか、Bランクになったのかい!?」
その声に、食堂にいた他の客たちの視線まで、一斉にこちらへ集まる。
「ええ、まあ。運良く」
俺が曖昧に答えると、店主はカウンターから身を乗り出すようにして興奮気味に言った。
「運で上がれるランクじゃねえぞ! 大したもんだ! この街でソロのBランクなんて、お前さんくらいのもんさ! 大抵は、信頼できる仲間とパーティーを組んで、少しずつ上げていくもんなんだがな」
すると、俺の隣にいたロウェナが、自分も忘れてくれるなと言わんばかりに、胸を張って自分の鈍色のギルド証を店主に見せつけた。
その健気な姿に、店主は破顔して、ロウェナの頭を優しく撫でた。
「そうだな、お嬢ちゃんも立派な冒険者だ! それに、Bランクのパーティーともなると、この街じゃそこそこ名が知れてる連中ばかりだぜ」
店主は指を折りながら、得意げに名前を挙げていく。
「そうさな、『鉄の拳』に『銀の風』……ああ、それから、最近よく顔を出す『黒い短剣』の連中もそうだな」
黒い短剣。
黒葉の森の入り口で出会った、フィオナたちのパーティーだ。彼らもBランクだったのか。
「そういえば、滝のことをご存知ですか? 西にあるという……」
俺が尋ねると、店主はにやりと笑った。
「ああ、知ってるとも。アデル丘陵にある滝のことだな。ありゃあ、ついた名前がまた良い。『精霊のヴェール』って呼ばれてるのさ」
「精霊のヴェール……」
「理由は、まあ、見りゃわかるさ」
店主はそう言って笑うと、カウンターの下から一枚の羊皮紙を取り出した。
「ほらよ、この辺りの地図だ。持って行きな」
「ありがとうございます。助かります」
俺が地図を受け取った、その時だった。
話が終わるのを待っていたとばかりに、食堂のテーブルに座っていた数人の客が、わらわらとこちらへ寄ってきた。
「もし、Bランクの方でしたら、ぜひ私の依頼を!」
「いや、俺の護衛依頼を先に!」
(……しまったな)
俺は丁重に、しかしきっぱりと、彼らの申し出を断った。
「申し訳ありませんが、今は依頼を受けるつもりはありませんので」
そう言って、ロウェナの手を引き、さっさとその場を離れる。
階段を上がっていると、背後から「てめえら! うちの客に迷惑かけてんじゃねえ!」
という店主の怒鳴り声が聞こえてきて、俺は思わず苦笑いを浮かべた。
部屋に戻り、扉を閉めると、ようやく一息つくことができた。
ふと見ると、ロウェナはいつの間にか、何処ででもらったのか、焼き菓子を小さな口で美味しそうに頬張っている。
(甘いものが好きだな…まぁ俺もだがな)
俺は背囊から自分の手帳と、先ほど店主からもらった地図を広げた。
地図と、ギルドで書いたメモを照らし合わせる。
「アデル丘陵……か。バルガス教官は山って言ってたが、まあ、似たようなものか」
ノーレストの街から西へ。街道をまっすぐ進めば着くようだ。
馬車で二日ということは、俺たちの足なら、三日から四日といったところだろう。
「ロウェナ」
俺は、お菓子を食べているロウェナに声をかけた。
「俺はな、昔、世話になった人が話してくれた、広い世界を見てみたいんだ。きらびやかな王都とか、どこまでも続く海とか、誰も知らないような古い遺跡とか……」
俺は自分の旅の目的を、できるだけ分かりやすく説明してみた。
しかし、ロウェナはきょとんとした顔で、ただ俺を見つめている。どうにも、よく分かっていない様子だ。
俺は少し考えてから、言葉を換えた。
「――つまり、ロウェナと一緒に、色んな綺麗な景色を見たり、美味しいものを食べたりする旅だ」
その言葉を聞いた瞬間、ロウェナの顔がパッと輝いた。
そして、分かった、とでも言うように勢いよく頷くと、俺に飛びついてきた。
その反応に、俺は思わず笑ってしまった。
まあ、それで伝わるなら、それでいいか。
「よし。じゃあ、明日の朝、出発するぞ。準備しておくんだ」
俺はロウェナの頭を撫でながら、そう告げた。




