新しいギルド証と、次の目的地
やじ馬たちの輪が解けた後、俺とロウェナは再び受付カウンターへと戻った。
すぐにバルガス教官が、満足げな顔で奥から戻ってくる。
その手には、先ほどの鈍色のプレートとは違う、金色の輝きを放つギルド証が握られていた。
「ほらよ、お前さんの新しいギルド証だ。Bランクだぜ」
手渡されたプレートには、確かに『B』の文字が刻まれている。
ずしりとした重みは、Gランクのものと変わらないが、その輝きは明らかに違った。
「たまにいるんだよ。お前さんみたいに、自信満々で昇級を願い出る跳ねっ返りがな」
バルガス教官は、腕を組みながら続ける。
「だが、大抵は口だけで、実力が伴わずに突き返されるのがオチだ。その点、お前さんの技量は素晴らしかった。本物だよ」
そして、その力強い目が、真っ直ぐに俺を射抜いた。
「だがな、油断するな。実戦は模擬戦とは違う。どんなに腕が立っても、運が悪けりゃあっさり死ぬのがこの世界だ。死なずに、しっかり経験を積んで、もっと上を目指せ」
それは、教官としての、そして先輩冒険者としての、心からの激励だった。
「はい。肝に銘じておきます」
俺が素直に頭を下げると、隣にいた受付の女性が、にこやかに話しかけてきた。
「エドウィン様は、今後、このノーレストを拠点に活動されるご予定ですか? Bランクでしたら、安定して良い依頼をご紹介できますが」
その申し出はありがたかったが、俺の答えは決まっている。
「いえ……特定の拠点は持たずに、この子と旅をしながら、色々見て回りたいんです。なので、それは考えていません」
俺の言葉に、受付の女性は少し驚いた顔をしたが、バルガス教官は「そうかい」と面白そうに頷いた。
「なるほどな。そういうスタイルを取る奴も、たまにいるが……まあ、珍しいな。大抵はどこかの街に根を下ろすもんだが」
「でしたら、一つお聞きしたいのですが」
俺は懐から、代官騎士様にもらった古い手帳とペンを取り出した。
「この近辺で、どこか、見ておくべき珍しい景色とか、ありますか?」
俺の質問に、バルガス教官は顎に手を当てて、うーんと少し考え込んだ。そして、ポンと手を打つ。
「ああ、それならあるぜ。この街から西へ馬車で二日ほど行ったところに、ちょっとした山があってな。そこに、かなり見事な滝がある。道も整備されてるから、ちょっとした観光名所になってるくらいだ。今の時期なら、新緑も綺麗だろうよ」
「滝……ですか。ありがとうございます」
俺は教官に教えてもらった場所を、手帳に素早くメモした。
騎士様が話してくれた、どこまでも広がる海原。
それとは違うが、滝というのも悪くない。
手帳を懐にしまい、俺たちはギルドを後にすることにした。
バルガス教官や、模擬戦を見ていた他の冒険者たちから、「達者でな!」「また訓練しに来いよ!」と温かい言葉をかけられながら、俺はロウェナの手を引いてギルドの大きな扉を開ける。
賑やかな街の喧騒の中を、宿へと向かって歩き出す。
これで、少しは旅の目的が具体的になった。まずは、その滝とやらを見に行ってみるか。
そんなことを考えていると、隣を歩くロウェナが、俺の外套の裾をくいっと引っ張った。
「ん? どうした、ロウェナ」
振り返ると、ロウェナは不満そうな顔で、自分の首にぶら下がったGランクのギルド証と、俺が手に持っているBランクのギルド証を、交互に指差していた。
そして、ぷくーっと、リスのように頬を膨らませている。
(ああ、なるほど……)
どうやら、お揃いだと思っていたギルド証のランクが、自分だけ違うのが気に入らないらしい。
(これは、仕方ないだろう……)
俺は苦笑いを浮かべながら、ロウェナの頭を優しく撫でた。
「まあ、そのうちな。ロウェナも、きっとすぐに強くなるさ」
俺がそう言って誤魔化すと、ロウェナはまだ少し不満そうだったが、こくりと頷いた。
その小さな横顔を見ながら、俺は思う。
面倒なことになった、と思っていた旅は、いつの間にか、かけがえのないものに変わりつつある事に。
この子の不満そうな顔も、笑顔も、泣き顔も、全部ひっくるめて、俺の旅なのだ。
さて、明日は滝へ向かう準備でも始めるとしよう。




