表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【23000pv感謝】元衛兵は旅に出る〜衛兵だったけど解雇されたので気ままに旅に出たいと思います〜  作者: 水縒あわし
精霊のヴェール編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/103

それぞれの夜


泣き叫ぶロウェナを、俺はシスターの腕の中へと、ゆっくりと、しかし確かに押しやった。


小さな体は、まるで別れるのが世界の終わりであるかのように、必死に俺にしがみつこうとする。


その小さな指が、俺の服の端を掴もうと空を切る。



(ロウェナ…)


もう何も言うまい。


これが最善だ。心を鬼にしろ。


俺は振り返らず、孤児院の門へと向かった。

 


背後から、ロウェナの、声にならない、ひどく切ない泣き声が聞こえてくる。


シスターが何か話しかけている声も聞こえたが、内容は頭に入ってこない。


子供たちの戸惑ったような声も聞こえる。



門を出て、街道に出る。大きく息を吐き出す。



一人になった途端、胸の中に、鉛のような重さがのしかかってきた。



ロウェナの泣き声が、まだ耳の奥に響いている。


俺にしがみつこうとした、あの小さな手の感触が、まだ腕に残っているようだ。



罪悪感。


寂しさ。


そして、何よりも、この選択が本当に正しかったのか、という疑念。



安全な場所に、ちゃんとした大人たちがいる場所に、この子を届けたはずだ。


旅の危険から遠ざけ、安定した生活を与えてくれる場所に。


それなのに、安堵感は、全くなかった。 


むしろ、広大な草原の中に、一人放り出されたような、心細さすら感じていた。



結局、面倒なことから逃げただけじゃないのか?


この子を危険な旅から遠ざける、という大義名分のもとで、ただ、自分がこれ以上深入りするのを避けただけなのではないのか?



自問自答が、頭の中で繰り返される。



いや、違う。


俺のような人間に、この子をいつまでも任せるわけにはいかない。


俺は天涯孤独だ。


いつ、どこで死ぬかも分からない。


それに、俺は衛兵を解雇された身だ。


定職もなく、当てのない旅を続けている。



こんな不安定な人間が、子供の面倒を見ることなんて、できるはずがない。


孤児院の方が、ずっとこの子のためになる。



そうだ。これが最善の選択だったんだ。


自分に言い聞かせるように、俺は歩き続けた。ロウェナと二人で歩いて来た道を、一人で歩く。


商店の賑わいや、人々の楽しそうな話し声が、なぜか遠く聞こえる。



街を歩きながら、ロウェナとの旅路を思い出す。


森の中で助けた時の怯えた顔。


新しい服を着て嬉しそうにしていた顔。


焼き菓子を美味しそうに食べる顔。


湯船に浮かぶ金色の髪。


そして、俺の名前を呼ぼうとしてくれた時の、一生懸命な顔…。




楽しかった。


正直に言って、面倒なことも多かったが、それ以上に、楽しかった。




だが、もう終わりだ。


あの子はもう、孤児院にいる。  


俺の旅は、また一人になる。


…きっと、すぐに慣れるだろう。


そう、きっとすぐに。



俺は、誰もいない空を見上げて、煙草に火をつけた。


紫煙が、街の空気の中に溶けていく。







夜の帳が、ノーレストの街を優しく包み込んでいた。


孤児院の小さなベッドに横たわるロウェナは、眠ることができなかった。


初めての場所。


知らない人たち。


皆、優しくしてくれた。


シスターも、子供たちも。



でも、ここにはエドがいない。


シスターは「ここはあなたの家よ」「私たちは家族よ」と言ってくれた。


でも、ロウェナにとっての家は、もうここではない。



家族は、もう、エドだけだった。



泣きすぎて、声が出ない。


胸の奥が痛い。



エドが、自分を置いて行った。


あの優しい手が、自分を離した。



なぜ?


どうして?



ロウェナは、エドがいなくなるのが、一番怖かったのだ。


森の中で、暗闇の中で、一人だったあの恐怖。


人攫いよりも、ドレイクよりも、その恐怖は大きかった。


そして、エドは、その恐怖から自分を救い出してくれた光だった。



その光が、自分を置いて、行ってしまった。




シスターや子供たちの優しい声は、ロウェナの耳には届かない。


ただ、エドの顔だけが、目に焼き付いている。




夜が更けるにつれて、ロウェナの心の中には、悲しみよりも、一つの強い思いが芽生えていた。



…エドに、会いたい。


エドを探しに行こう。



言葉は話せない。


この街の事も、数日過ごしただけで詳しくない。



でも、いい。


エドがどこかで見ているかもしれない。


エドが自分を待っているかもしれない。




ロウェナはベッドからそっと抜け出した。


新しい服。


小さな背囊に外套。



何も持っていなかった私が、エドにもらったもの。


これが、ロウェナにとっての全てだった。



廊下には誰もいない。



物音を立てないように、ゆっくりと、孤児院の扉を目指す。


閂をゆっくりと外す。


シスターたちは、子供たちが夜中に逃げ出すことなど、思ってもみなかっただろう。



冷たい夜の空気が肌に触れる。



門を出て、街の中へ。


昼間の賑やかさはなく、街は静まり返っている。


時折、遠くから衛兵の見回りらしき声や、酔っ払いの歌声が聞こえるくらいだ。


漏れ出るランプの明かりだけが、心細く道を照らしている。



どこへ行けばいいのか、分からない。


エドはどこにいるのだろう。


宿屋?

それとも、もう街を出てしまったのだろうか?



不安が、波のように押し寄せる。



暗い。


怖い。


一人だ。



でも、ロウェナは立ち止まらなかった。



言葉は話せない。

誰かに助けを求めることもできない。


知っている人は、この街には誰もいない。


土地勘もない。


ただ、ひたすらに、エドを探すという強い思いだけが、ロウェナの小さな体を動かしていた。



足が冷たい。


お腹も空いた。


でも、構わない。エドに、会いたい。


ロウェナは、一人、夜のノーレストの街をエドの姿を求めてさまよい始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ