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【23000pv感謝】元衛兵は旅に出る〜衛兵だったけど解雇されたので気ままに旅に出たいと思います〜  作者: 水縒あわし
精霊のヴェール編

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金色の秤亭にて


おばあさんに教えてもらった道を辿り、俺とロウェナは目的の宿屋にたどり着いた。


看板には確かに、金色の天秤の絵が描かれている。



『金色の秤亭』


見た目も、他の宿屋より少しだけ立派に見える。


扉を開けて中に入ると、そこは予想以上に広く、天井も高い。


多くの旅人らしき人々がテーブルについて食事をしたり、酒を飲んだりしている。


活気があるが、どこか落ち着いた雰囲気だ。



カウンターには、商隊の人から話を聞いた通りの、変わり者…かどうかは分からないが、人の良さそうな恰幅の良い男が立っていた。


彼が宿の主人だろう。




「すみません」


俺が声をかけると、主人はニコリと笑ってこちらを見た。


そして、俺の左肩に縛り付けている、巨大なドレイクの尻尾に目を留めた。



主人の目が、丸くなった。


「こ、これは…ドレイクの尻尾じゃねえか! こんな大物を、どこで手に入れたんだい!?」


噂通りの反応だ。やはり珍しいものに目が無いらしい。


「黒葉の森で、運良く手に入れまして」


俺は簡潔に答えた。

そして、本題に入る。



「実は、この尻尾を買い取っていただきたいんですが…それと、そのまま数日、泊めていただけませんか? この子と二人で」



主人は目を皿のようにして尻尾を見つめ、そしてロウェナを見た。


少し考え込んだ後、ニッと笑った。



「面白い! いいだろう。こんな珍しいモンをこの目で見る機会なんて、そうそうねえからな! 買い取らせてもらおう!」


話が早い。助かる。



ドレイクの尻尾の買い取り額は、予想していたよりもずっと多かった。


小袋がいくつか必要なくらいの金貨だ。


それに、主人は興奮冷めやらぬ様子で言った。



「ドレイクの尻尾の礼だ! 滞在中の宿代は、少しサービスさせてもらうよ! いやぁ、いいものを見せてもらった!」


ラッキーだ。

余計な値切り交渉とか、面倒な手間が省けた。



宿代を差し引いた分の代金を受け取り、俺はそのまま数日分の部屋を予約した。


これで、しばらくは安心してノーレストの街で過ごせる。



部屋は予想通り綺麗で、広さも十分だった。


旅の疲れを癒やすには最適だ。


ロウェナも、綺麗な部屋に目を輝かせている。


荷物を部屋に置くと、俺はすぐに主人に声をかけた。


「宿の近くに、湯に入れる場所はありますか? できれば、ゆっくりできるところが…」


主人は頷いた。


「それなら、少し値は張るが、個室の浴場があるよ。湯も綺麗だし、疲れも取れるだろう」


値が張っても構わない。


旅一番の贅沢だ。


背負ってきたドレイクの尻尾の代金もある。たまには、こういうのもいいだろう。




個室浴場は、予想以上の快適さだった。


広い湯船に、清潔な脱衣所。


ふう、と息を吐き出し、ゆっくりと湯に浸かる。


森の中での野営や、慌ただしい移動で溜まった体の疲れが、湯の温かさでゆっくりと溶けていくようだ。


ロウェナも、湯船の中で気持ちよさそうに手足を動かしている。


そして、湯に浮かぶロウェナの金髪が、湯の明かりに照らされて、キラキラと輝いていた。



代官騎士様が話してくれた、輝く髪のお姫様のようだ。



風呂から上がると、体も心もすっかり軽くなっていた。


さあ、街へ出よう。


ロウェナに、美味しいものと甘いものを食べさせてやる番だ。




街へ繰り出し、まずは焼き菓子屋を探した。


商隊の人にもらった焼き菓子が相当気に入っていたようだから。


出来立ての、色々な種類の焼き菓子を買い、ロウェナに好きなだけ選ばせてやる。


目を輝かせながら選ぶロウェナを見ていると、こちらも嬉しくなる。



そのまま、街をぶらぶらと散策する。


大道芸人を見つけたり、珍しい香辛料を売る店を覗いたり。


ロウェナは何もかもが新鮮なようで、片時も俺から離れず、好奇心いっぱいに周りを見ている。



露店で、見たこともない菓子を見つけた。


主人の説明によると、遠い南方の国から来た『チョコレート』というものらしい。甘くて、少し苦味がある、という説明に興味を惹かれた。


少し値が張ったが、これも旅の経験だ、と一つ買ってみる。


ロウェナにも分けてやると、不思議そうな顔で口に含み、そして、目を丸くして頷いた。


美味しい、ということだろう。



さらに歩くと、果物屋の店先に、蜜漬けの瓶が並んでいた。


中でも、桃の蜜漬けは、高級品らしい。


瓶の中で琥珀色に輝く桃は、見ているだけで美味しそうだ。


これも少しだけ買ってみた。


口に入れると、とろけるような甘さと、桃の豊かな香りが広がる。


ロウェナも、一口食べて、うっとりとした顔になった。



武具屋にも立ち寄った。


旅立つ前から使っている防具はくたびれて限界を感じたのだ。


新しい革鎧を注文することにした。 


採寸してもらい、完成には数日かかると言われたので、後日受け取りに来ることにする。



ついでに、愛刀の手入れも依頼した。


ドレイクと戦った時の些細な傷も、専門の職人に見てもらえば安心だ。




ノーレストでの時間は、穏やかに過ぎていった。


午前中は武具屋や商店を見て回り、午後はロウェナと街を散策したり、公園のような場所で休んだりした。


夜は宿屋の食堂で温かい食事を摂る。


旅に出てから、こんなにもゆっくりと過ごしたのは初めてかもしれない。



宿の部屋で、二人で焚き火…ではない、小さなランプの明かりの下で過ごす夜。


ロウェナは新しい服を着て、小さな背囊を枕元に置いている。


俺は、武具屋で買ったばかりの手入れ道具で、短刀を磨いていた。




静かな時間。




「……えお」




突然、微かな声が聞こえた。


俺は手を止め、ロウェナの方を見る。


ロウェナは、俺の顔をじっと見つめている。

 


「え…?」



もう一度聞こうとした、その時。




「……えお…」




再び、ロウェナが、か細い声で、言葉を紡ごうとした。



それは、俺の愛称。「エド」という音に近い。



驚きと、そして、どうしようもなく込み上げてくる嬉しさ。



俺は思わず、短刀を磨く手を止めた。


ロウェナが、俺の名前を呼ぼうとしてくれた。



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