面倒な連中と、変わる景色
商隊と別れ、俺とロウェナは再び二人きりになった。
ロウェナは、商隊の人にもらった焼き菓子の袋を大事そうに抱きしめている。
そして、時折、袋の中から一つ取り出し、ゆっくりと味わうように食べていた。
「ロウェナは、甘いもの、好きか?」
俺が尋ねると、ロウェナは何も言わず、焼き菓子を一つ手に取り、俺に差し出しながら小さく頷いた。
その仕草だけで、彼女が甘いものが好きなこと、そして、俺にも分けたいという気持ちが伝わってくる。
俺は笑ってそれを受け取り、一口齧った。
素朴な味だが、優しい甘さだ。
「ありがとう。美味しいな。街に着いたら、別の美味しい甘いものを食べようか。大きな街なら、きっと色々な店があるはずだ」
俺がそう提案すると、ロウェナは食い気味に、勢いよく頷いた。
そのキラキラした瞳を見ていると、連れてきてよかった、と少しだけ思えた。
しかし、旅は甘いお菓子だけではない。
その日の夜。
街道から少し離れた場所で、いつものように野営の準備をしていると、複数の気配を感じた。
それは、獣の気配とは違う、明らかに人間の、しかも悪意を持った気配だ。
…野盗か。
面倒だな、と内心で舌打ちする。
なぜこうも余計なことが起こるのか。
まあ、商隊と別れた時点で、ある程度は警戒はしていたが。
焚き火に火を灯し、ロウェナを毛布にくるんで寝かせた。
幸い、ロウェナは疲れていたのか、すぐに眠りについた。
気配に気づいていないようだ。
暗闇の中、木の脇から四つの影が現れた。
男たちだ。
手には武器を持っている。
「おいおい、ちっちゃな子供と一人か。これは美味いカモだぜ」
「商隊にゃ手ェ出せなかったが、これなら御褒美ってヤツだ」
彼らは分かれ道で商隊と別れた俺たちを見て、後をつけてきたのだろう。
馬鹿な連中だ。
「…悪いな。今、俺は機嫌が良くないんだ」
俺は静かに、腰の剣の柄に手をかけた。
野盗たちは、俺の言葉を聞いてニヤニヤと笑った。
舐められている。
一人が真っ先に飛び出してきた。
剣を振りかざして、単純な突進だ。
チッ。本当に馬鹿だ。
俺は動かない。
野盗の剣が俺の目の前に迫った、その時。
スッ
剣を抜く音は、まるで呼吸のようだった。
一瞬の閃き。
俺の剣先が、野盗の心臓を正確に貫いていた。野盗は何も言えず、そのまま倒れ伏した。
「なっ!?」
残りの三人が凍り付く。
彼らの顔から、先ほどの嘲りが消え失せ、恐怖に変わった。
「テメェ!」
リーダー格らしき男が、怒鳴りながら突っ込んでくる。
だが、先ほどの奴よりはまし、という程度だ。
ザンッ!
俺は軽く剣を薙ぎ払い、男を両断する。
肉を斬る、鈍い感触。
ドレイクとは違いとても柔らかく感じる。
あっという間に、二人。
残りの二人は、完全に戦意を喪失したようだった。
悲鳴を上げ、我先にと森の中へ逃げ出した。
「おい、待て!」
一人が叫ぶが、もう一人は振り返りもせず、暗闇の中に消えていく。
…面倒だな。逃がすのも後味が悪いし。
俺は、倒した野盗の一人が落としていった剣を拾い上げた。
そして、逃げていく二人のうち、近い方…最初に逃げ出した方目掛けて、その剣を投げつけた。
ヒュンッ!
剣は夜の闇を切り裂き、吸い込まれるように飛んでいく。
遠くで、「ェッ!」という、蛙が潰されたような声が聞こえた。
それと、何かが地面に落ちる鈍い音。
そして、木々の間を駆け抜ける、もう一人の野盗の足音だけが残った。
まあ、一人くらいなら、この広い世界で二度と会うこともないし、顔も覚えていないから、何処かで会ってもわからないだろう。
面倒はこれくらいで十分だ。
死体をそのままにしておくのは、臭いで別の魔物を呼び寄せる可能性がある。
これは面倒だが、仕方ない。
俺は倒れた野盗の死体をそれぞれ掴み、夜営場所から離れた、森の方へ投げ捨てた。
血の跡が残るかもしれないが、この暗闇では見えないだろう。
野営地に戻ると、ロウェナはまだぐっすりと眠っていた。
幸い、戦闘の音には気づいていないようだ。
焚き火に薪をくべ、再び静かな夜が訪れる。
朝になり、ロウェナが目を覚ました。
焚き火のそばで朝食の準備をしていると、ロウェナが街道の方を見て、何かを訴えるように俺に話しかけてきた。
血の匂いか、あるいは地面の血痕に気づいたのだろう。
身振り手振りで、昨夜何かあったのかと尋ねている。
俺は何も言わず、ただ、腰の剣の柄頭を撫でた。
そして、ロウェナの頭を優しく撫でて
「大丈夫だ」とだけ伝えた。
ロウェナは理解したようで、それ以上は何も聞いてこなかった。
その後も、旅は続く。
景色は少しずつ変わっていった。
丘陵地帯を越えると、遠くに民家が点々と見えるようになる。
人の営みが、少しずつ近づいてくるのを感じる。
農家だろうか、畑を耕している人々の姿や、家畜が草を食んでいる姿も見かけるようになった。
街道を行き交う人々の数も増えてくる。
皆、ノーレストの街へ向かっているのだろう。活気が感じられるようになった。
野盗との一件以外は、特に大きな面倒事もなく、順調に進むことができた。
ロウェナも、新しい景色を見るたびに目を輝かせ、俺にそれを伝えようとする。
そして、ついに。
遥か遠くに、いくつかの塔のような建物が見えてきた。
あれが、ノーレストの街だろう。
近づくにつれて、建物の数が増え、壁に囲まれた大きな街の姿が見えてくる。
旅の、一つの区切り。
俺はロウェナの手を引いて、ノーレストの門へ向かって歩き出した。
街の賑わいが、壁の外からでも伝わってくる。




