商隊との道連れ
宿場を出発した俺たちは、再びノーレストの街を目指して歩き始めた。
買ったばかりの新しい服に、小さな背囊を背負ったロウェナは、どこか誇らしげに見える。
宿場を出てしばらくは、見渡す限りの草原が続いていた。
青い空の下、緑の絨毯の上を歩くのは気持ちがいい。風が髪を撫でていくのを感じる。
2日ほど歩くと、景色は徐々に変わっていった。
なだらかな丘陵地帯が現れ始め、草原の中に木々が点在するようになる。
道も緩やかな上り下りが増え、歩くペースは自然とゆっくりになった。
ロウェナは、すっかり旅に慣れたようで、もう俺の後ろに隠れることもない。
俺の周りをちょこちょこと動き回りながら、一緒に進む。
道端に咲いている小さな花を見つけては立ち止まり、珍しい鳥の声がすれば、そちらの方角を指差して俺に知らせる。
忙しないことこの上ないが、そんなロウェナを見ていると、どこか心が和んだ。
話すことは相変わらず不得手だが、身振り手振りと、時には「あ」「え」といった声、そして表情だけで、驚くほど意思の疎通ができるようになっていた。
何か伝えたいことがある時は、俺の袖を引いたり、指差したり、時にはジャスチャーで表現したりする。
俺も、その仕草や表情からロウェナの気持ちや何を伝えたいのかを読み取るのが上手くなってきた。
休憩を挟みながら、ゆっくりと、しかし確実に前に進んでいく。
森の中を駆け抜けた時のような焦りはない。
今は、ロウェナのペースに合わせて、道の景色を楽しむ余裕もあった。
街道では、時折、他の旅人やすれ違う。
単騎の旅人もいれば、家族連れもいる。
皆、それぞれの目的地へ向かっている。
すれ違いざまに軽く挨拶を交わす程度で、特に言葉を交わすことはない。それが気楽でいい。
そんな中、少し大きめの商隊に出会った。
荷馬車を五台ほど連ねた、かなりの規模だ。
彼らもノーレストを目指しているのだろうか。
道幅の狭い場所で追いつかれてしまったので、俺は街道の端に寄り、道を譲るために立ち止まる。
ロウェナも俺の隣に立ち、興味深そうに商隊を見上げている。
先頭を行く荷馬車の御者が、俺たちのそばまで来たところで手綱を緩めた。
恰幅の良い、人の良さそうな男だった。
「いや、すまんな。ちょっと急いでてね」
「いえ、お構いなく」
俺がそう返すと、御者は俺とロウェナを交互に見た。
「おや、二人連れかい。こんな街道を子供と二人とは、なかなか骨が折れるだろう。もしよければ、一緒に進まないかい? 数が多い方が、物騒な輩も寄り付かん」
思いがけない申し出だった。
確かに、二人で歩くより、商隊と一緒の方が安全だろう。
特にロウェナを連れている今は、避けれる危険は避けたい。
「…それは、助かります。ありがとうございます」
俺は素直に礼を述べ、一緒に進むことにした。
商隊のペースは、俺が一人で歩くよりは遅いが、ロウェナと一緒に歩くには丁度いい。
ロウェナは商隊の人たちに珍しがられ、何台目かの荷馬車の御者に招かれ、馬車に乗せてもらった。
初めての馬車に、ロウェナは目を輝かせ、御者と身振り手振りで楽しそうに話している。
その姿を見ていると、俺まで楽しい気分になった。
その日の夜、街道から少し離れた場所で野営することになった。
俺たちもそれに加わらせてもらう。
大きな焚き火を囲んで、皆で食事をする。
ロウェナは、商隊の人たちが分けてくれた温かいスープとパンを美味しそうに食べていた。
食事の後、焚き火を囲んで、商隊の人たちと話をした。
彼らは様々な街を行き来しており、旅慣れている。
俺は旅の目的をぼんやりと話したが、彼らは深く詮索することはなかった。
話の流れで、俺は尋ねてみた。
「ノーレストの街で、何か珍しいものを買い取ってくれるような店はありませんか? 例えば…大きな魔物の素材とか」
すると、商隊の一人が顎に手を当てて考え込んだ。
「大きな魔物の素材、ねぇ…。そうだな、ノーレストなら、大きな冒険者ギルドがあるから、そこで扱ってるかもしれないな。あとは…南地区の『金色の秤亭』って宿屋があるんだが、そこの主人は変わり者でね。たまに珍しい素材を個人的に買い取ったりしてるって噂を聞いたことがある」
「金色の秤亭…南地区ですね。ありがとうございます、助かります」
ドレイクの尻尾を売るための情報が得られたのは大きい。
荷物として持ち歩くのは、やはり結構な負担だった。
翌朝、ノーレストへ続く街道が二つに分かれる場所まで来た。ここで商隊とは別れだ。
「お世話になりました。これ、少しばかりですが…」
礼の気持ちとして、銀貨を渡そうとした。
だが、商隊のリーダーらしき男は、笑って俺の手を押し返した。
「何を言ってるんだ、道連れは旅の情けさ。それに、お前さんのおかげで、昨夜は狼どもも寄り付かなかったようだ。礼を言うのはこっちの方だよ」
彼らは俺が狼を追い払ったことに気づいていたらしい。
「それより、お嬢ちゃんに」
そう言って、リーダーは懐から小さな紙袋を取り出した。
「道中のおやつにでもしな」
中からは、甘い焼き菓子の匂いがする。
ロウェナは、受け取っていいのか分からず、俺の顔を見た。
俺は頷き、ロウェナは小さな手でそれを受け取った。
「ありがとうございます」
俺はもう一度、深く頭を下げて礼を伝えた。
ロウェナも小さな体で、一生懸命頭を下げている。
「達者でな!」「旅を楽しめよ!」
商隊の人たちが、皆で手を振ってくれた。
俺もロウェナの手を引いて、彼らに向かって手を振り返した。
商隊の荷馬車が、もう一つの街道を進んでいくのを見送った後、俺たちは再び、二人だけでノーレストへ続く道を踏み出した。
ロウェナは、もらった焼き菓子の袋を大事そうに抱えている。
よし、ノーレストまではもう少しだ。
街に着いたら、まずはあの『金色の秤亭』とやらに行ってみよう。




