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【23000pv感謝】元衛兵は旅に出る〜衛兵だったけど解雇されたので気ままに旅に出たいと思います〜  作者: 水縒あわし
精霊のヴェール編

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森を抜けて


ロウェナを背負い、俺は黒葉の森の中を駆け抜けた。

足元の土を踏みしめる音、木々の間を通り抜ける風の音、そして、俺自身の息遣いだけが響く。

ロウェナが落ちないように、しっかりと肩で支え、時折声をかけてやる。


普段の旅なら、こんな風に焦って走ることはない。

気ままに、道の景色を楽しみながら、のんびり歩くのが俺のスタイルだ。


正直なところ、その気になれば、どれだけ早く移動できるかは分かっていた。


でも、それはそれ。


急ぐ理由がない時は、楽な方を選ぶ。



しかし、今は違う。


背中には、守ると約束したしたばかりのロウェナがいる。

そして、この黒葉の森は、ドレイクのような危険な魔物が潜んでいる上に、人攫いの噂まである場所だ。


一刻も早く、安全な場所へ移動する必要があった。


だから今は、のんびりなんて言っていられない。



森の中の街道は、迷いやすい。


似たような木々が延々と続き、目印になるものが少ない。


ロウェナを背負って全力疾走しながら、それでも街道を見失わないように、常に周囲に気を配った。


時折、道の脇の茂みから、低い、唸るような声が聞こえてきた。

狼か、あるいはそれに類する魔物だろう。


夜行性の奴らも、昼間でもこの薄暗い森の中なら活動しているのかもしれない。


ロウェナは、その度にピクリと体を震わせ、俺にしがみつく手に力を込める。



俺は立ち止まらない。



ただ、ほんの一瞬だけ、声の聞こえた方へ、目を向けただけで殺気を込めた。



それは、明確な威嚇。お前らとは関わりたくないが、もし邪魔をするなら容赦しないぞ、という警告だ。



俺の殺気を感じ取ったのだろう。


狼のような唸り声は、すぐに水をかけられた犬のように情けなく変わり、遠ざかっていった。


面倒な戦闘にならなくて済んだ。


やれやれ、危ないところだった。




休憩は最小限に抑えた。


喉が渇いたら水筒で水を飲み、ロウェナにも飲ませる。


腹が減ったら、走りながら携帯食を齧る。

ロウェナにも少しずつ与えた。




一度だけ、本当に焦った瞬間があった。


街道から少しだけ逸れてしまったのだ。




急いでいたせいで、気がついたら見慣れない景色の中に立っていた。


背中にロウェナがいる。


立ち止まって迷っている時間は惜しい。




少し血の気が引いたが、すぐに冷静になり、周囲を見渡す。


方向感覚を研ぎ澄ませ、来た道と似た痕跡を探す。




その時、森の中に、最近壊れたような小さな小屋を見つけた。


街道から少し外れた場所だ。


廃屋だろうか? しかし、妙に新しい壊れ方をしている。




そして、風に乗って、微かに血の匂いが漂ってきた。




嫌な予感がした。



警戒しながら小屋に近づこうとすると、背中のロウェナが、突然、酷く怯え始めた。




小さく、震えるような声を出して、俺にしがみつく力が強くなる。




…やはり、ここだったのか。




血の匂い。



そして、ロウェナの反応。


きっと、ここは人攫いの拠点だった場所だ。

そして、ロウェナは、ここから逃げ出してきたのだ。



小屋の中に入るのは、気が進まなかっ。


嫌な気配がする。



だが、この森の中で迷っている時間はない。

何か手掛かりがあるかもしれない。



俺は小屋に入る前に、ロウェナを背中から下ろし、持っていた外套の下に入れた。



「ちょっとだけ、一人で待っててくれ。すぐ済む」



ロウェナの顔が見えないように、そして周囲の様子が見えないように。



この場所の嫌な記憶を、少しでも刺激しないように。




手早く、本当に手早く、小屋の中を探索する。


血の匂いはさらに強くなった。荒らされた様子から、急いで逃げ出したか、あるいは何かに襲われたのだろう。


ドレイクかもしれないし、別の魔物かもしれない。



探索はすぐに終わった。


めぼしいものは何もなかったが、床に転がっていた古い木の箱の中に、一枚の羊皮紙を見つけた。



それは、この黒葉の森の詳細な地図だった。


街道だけでなく、魔物の生息域や、危険な場所、そして抜け道などが記されている。


人攫いが、この森を拠点にするために用意したのだろう。


それは、まさに今の俺にとって、何よりも価値のある発見だった。




「よし、行こう」



俺は地図を背囊にしまい、急いで小屋を出た。


ロウェナは外套の下で小さく震えていたが、俺の声を聞いてすぐに外套から出てきた。


その顔には安堵の色が浮かんでいた。



ロウェナを再び背負い、地図を頼りに、俺は再び走り出した。


森の中の危険地帯や、魔物の通り道らしき場所を避け、最短距離を全力で駆け抜ける。


ドレイクとの戦闘や、ロウェナを保護したことで、時間も体力も消耗している。



一刻も早く森を抜けることだけを考えた。



宿場の主人から、この森を抜けるには、慣れた足でも五日はかかると聞いていた。



だが、俺は、荷物とロウェナを背負ったまま、三日と少しで黒葉の森を駆け抜けることができた。



森を抜けた時、目の前に広がっていたのは、街道ではなかった。


見渡す限り、緑の草が生い茂る、緩やかな起伏のある草原だ。


どうやら、小屋で見つけた地図にあった抜け道を使ったせいで、予定していた場所とは違う場所に出てしまったらしい。



…まあ、いいか。



森を抜けたという事実が、何よりも重要だ。



背中にいるロウェナの体からも、張り詰めていた緊張感が薄れたのが分かる。




遠くに、いくつか建物らしきものが見えた。


小さく集まったそれは、宿場か、あるいは小さな村だろうか。

いずれにせよ、人がいることは間違いない。



俺はロウェナを背中から下ろした。

ロウェナは少しフラつきながらも、自分の足で立った。



「あそこに見えるだろう? 人里だ」


俺が指差す方角を見て、ロウェナは小さく頷いた。

その目に、微かな希望の光が宿ったように見えた。


「そこまで行こう。そこで、少しゆっくり休もう」


俺たちは、二人並んで、草原の中をゆっくりと歩き始めた。


森の中とは違う、開放的な景色。



青い空。



遠くに見える人里。


俺の気ままな一人旅は、思いがけない形で、二人旅に変わった。


相変わらず、目的地は、漠然と決まっていないが、少しだけ何かが決まった気がする。


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