灼熱の都と、風止まりの坑道
ゴーレムの暴走を食い止めた俺たちは、その足で冒険者ギルドへと向かった。
依頼を受けていたわけではないが、街中での戦闘行為だ。
事後報告をしておかないと後々面倒なことになるかもしれない。
ギルドの扉を開けた瞬間、ムッとした熱気が顔に張り付いた。
「うへぇ……ここもサウナかよ」
俺は思わず顔をしかめた。
ギルドの中は、外の通りと変わらないほど暑かった。
いや、熱気と冒険者たちの体温が籠もっている分、外よりも酷いかもしれない。
ロビーでは、冒険者たちが革鎧を脱ぎ捨てて肌着一枚になったり、カウンターで氷水を奪い合うように注文したりして、誰も彼もがぐったりとしている。
「クリス、ロウェナ。なるべく風通しのいい場所にいろ」
「はい……。これ、本当に異常ですね」
クリスも額の汗を拭いながら、げっそりとした表情だ。
ロウェナに至っては、俺が買ってやった冷却布を頭から被り、カウンターの隅っこで「とける……」と小さくなっている。
俺は人混みをかき分けて受付へと向かった。
「すまん、ちょっと報告だ。さっき表通りで暴れてたゴーレムを停止させた。依頼じゃねえが、緊急対処ってことで処理したぞ」
俺が声をかけると、受付嬢が顔を上げた。彼女も額に汗を浮かべ、ブラウスの襟元をパタパタと扇いでいる。
「あ、エドさん……。ありがとうございます、助かりました。衛兵の方からも連絡が入っています」
「他にも似たような騒ぎがあるのか?」
「ええ、今日は特にひどいんです。精密な機械ほど、この異常な暑さでイカれてしまっているみたいで……」
彼女はため息をつくと、手元のメモを確認した。
「ちょうどよかった。ギルドマスターがお呼びです。その件を含めて、お話があるそうで」
俺たちは奥のギルドマスター室へと通された。
部屋に入ると、そこには頭に氷嚢を乗せ、水の入ったタライに足を突っ込んでいるドワーフの老人がいた。
この街のギルドマスター、マカロフだ。
「おう、来たか。……ふぅ、暑くて死にそうだ」
マカロフは氷嚢の位置を直しながら、不機嫌そうに唸った。
「聞いたぞ。街中で暴れた新型を、周囲への被害を最小限に抑えて止めたそうだな。見事な腕だ」
「たまたまだ。向こうから突っ込んできたんでな」
「ふん、謙遜するな。あの狭い路地で自律鎧を無力化するのは骨が折れる。……まあいい。問題は、その熱の原因だ」
マカロフはタライから足を引き抜き、タオルで拭きながら立ち上がった。
「知っての通り、カレドヴルフは鉄と炎の街だ。地下には巨大な『大溶鉱炉』があり、そこから供給される熱エネルギーで街の工房は動いている」
「ああ」
「その炉を冷やし、温度を一定に保つために、街の北側には『冷却坑道』と呼ばれる巨大な通気口がある。地下水脈の冷気や、山からの風を取り込むための天然の空調設備だ」
マカロフは苦々しい顔で言葉を続けた。
「だが、昨日の夜から、その坑道からの風がピタリと止まった」
「止まった?」
「何かが詰まったのか、崩落が起きたのかは分からん。だが、冷却風が来なけりゃ、大溶鉱炉の熱は逃げ場を失う。それが地下を通じて街全体を蒸し焼きにし、さっきみたいな熱暴走を引き起こしてるってわけだ」
話が見えてきた。
この異常な暑さは、単なる天候のせいじゃなく、街の排熱システムが機能不全を起こしているからか。
「このままじゃ大溶鉱炉自体がオーバーヒートして、最悪の場合は爆発、よくて緊急停止だ。そうなれば街の産業は死ぬ」
マカロフは机の上に、一枚の大きな地図を広げた。
地下に広がる坑道の見取り図だ。複雑に入り組んでおり、まるで迷路のようになっている。
「エド、お前らに頼みたいのはその『冷却坑道』の調査、および障害の排除だ」
「……原因は分かってるのか?」
「いや。だからこそ、手練れが必要なんだ。単なる土砂崩れならいいが、魔物が巣食って風穴を塞いでいる可能性も高い」
マカロフは地図上のいくつかのポイントを指でなぞった。
「坑道は広大だ。お前たちだけじゃ手が足りんから、街にいる腕利きのパーティ複数に声をかけている。一種の総力戦だ」
「なるほどな。で、俺たちの持ち場は?」
マカロフは太い指で、地図の端にある入り組んだ区画を叩いた。
「お前たちには、この『第三通風区画』を担当してもらう」
「……ずいぶんと狭くて入り組んだ場所だな」
「ああ。本道の大通りは重装備の大所帯パーティに行かせる。だが、こういう狭い脇道は、大剣や戦斧を振り回す連中には不向きだ」
マカロフはチラリと、クリスの背負った槍に目を向けた。
「だが、突き主体の槍使いと、小回りの利く少数精鋭のお前たちなら、適任だろうと思ってな」
「なるほど、理に適ってるな」
路地裏での戦闘実績が評価された形だ。俺は頷いた。
「分かった、引き受けるよ。このままじゃ暑くて寝てられねえしな」
「助かる。地図の写しはこれだ。頼んだぞ」
地図を受け取り、ギルドを出た俺たちは、準備を整えて街の北側へ向かった。
そこには、巨大な口を開けた洞窟――『冷却坑道』の入り口があった。
普段なら冷たい風が吹き出しているはずの場所だが、今は淀んだ生温かい空気が漂っているだけだ。
入り口広場には、すでに数組の冒険者たちが集まっていた。
それぞれの担当区域へ向かうため、装備の点検を行っている。
「結構な人数が集まってますね」
クリスが地図を確認しながら言った。
「ああ。俺たちの担当区域は少し奥だ。迷わないように行くぞ。……ロウェナ、大丈夫か?」
俺は後ろを振り返った。
ロウェナは水をたっぷり含ませた布を首に巻き、さらに帽子を深くかぶっている。
「……ん。がんばる」
少し顔は赤いが、本人の意思は固いようだ。
「よし。行くぞ」
ギルド職員の合図と共に、入り口の鉄柵が開かれた。
ムワッとした湿気が、洞窟の中から押し寄せてくる。
「風がないな……」
俺は松明を掲げ、先頭に立った。
中は薄暗く、そして何より蒸し暑い。
まるでサウナ風呂の中に服を着たまま飛び込むようなものだ。
「ここから先は、ただの『暑い場所』じゃない。魔物がうろつくダンジョンだと思え」
「はい!」
クリスが短く答え、槍の感触を確かめるように握り直した。
俺たちは地図を片手に、割り当てられたルートへと足を踏み入れた。




