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【23000pv感謝】元衛兵は旅に出る〜衛兵だったけど解雇されたので気ままに旅に出たいと思います〜  作者: 水縒あわし
最新章

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暴走する鉄塊と、路地裏の攻防



 翌朝、俺たちは冒険者ギルドへ向かう前に、市場へ買い出しに出た。



 カレドヴルフの朝は早い。だが、今日は活気というよりも、どこか刺々しい空気が漂っていた。



「おい、邪魔だぞ! もっと端を歩け!」


「ああん? こっちこそ荷物を運んでるんだ、お前が避けろ!」


 通りでは、些細なことで口論になっている職人や商人の姿が目立つ。



 普段なら「お互い様」で済むような接触でも、今のこの街の人々は妙に気が立っているようだった。



「……この暑さだ、イライラするのもわかるが、少し様子がおかしいな」


 俺は額の汗を拭いながら呟いた。



 地面からの照り返しだけでなく、空気そのものが熱を持って肌にまとわりついてくる。



「あつい~……とけちゃう……」


 ロウェナが完全にバテてしまい、俺の影に隠れるようにして歩いている。



「ほら、さっき買った『冷却布』だ。首に巻いておけ」


 俺は道具屋で仕入れたばかりの青い布を取り出した。


錬金術で作られた特殊な薬液に浸されており、長時間ひんやりとした冷たさを保つ優れものだ。



 それを首に巻いてやると、ロウェナは「はぁ~、いきかえる~」と安堵の息を吐いた。



「クリス、調子はどうだ?」


「悪くないです。……ただ、少し背中が重いですけど」


 クリスが苦笑する。彼の背中には、昨日手に入れたばかりの槍が背負われている。



 剣よりも長く、重量もあるが、その負担すら心地よい緊張感に変わっているようだった。



 その時だ。



 ガシャァァァン!!



 前方の通りから、何かが激しく砕ける音と、人々の悲鳴が響き渡った。



「きゃああああ!」


「逃げろ! 自律鎧が暴走したぞ!!」


 雑踏が割れ、人々が逃げ惑う。



 その向こうから姿を現したのは、全高二メートルほどの鉄の巨人だった。



 自律駆動鎧オート・メイル



 本来は鉱山での重作業や危険地帯の探索に使われる、魔導制御されたゴーレムの一種だ。



 だが、今のそれは明らかに制御を失っていた。



 太い鉄の腕をデタラメに振り回し、露店の屋台をなぎ倒しながら、逃げ遅れた人々の方へと進んでいく。



「止まれ! 止まるんだ!」


 街の衛兵たちが駆けつけ、剣や槍で応戦する。



 しかし、作業用に分厚く作られた装甲は生半可な攻撃を弾き返す。



「くそっ、硬すぎる! 刃が通らねえ!」


 金属音が虚しく響く中、ゴーレムは赤く目を光らせ、衛兵の一人を殴り飛ばそうと腕を振り上げた。  



「やるぞ、クリス! 被害が広がる前に止める!」


「はい!」


 ロウェナを担ぎ、俺は人混みをかき分けて前に出ると、落ちていた盾を拾い強く打ち鳴らした。



 ガンッ!ガンッ!



「こっちだ、鉄クズ! 相手をしてやる!」


 挑発に乗ったゴーレムが、ギギギ、と首を回して俺を捕捉する。



 俺はそのまま踵を返し、大通りから外れた路地裏へと走った。



 狙い通り、ゴーレムはドシンドシンと地響きを立てて俺を追ってくる。



「よし、ここなら!」


 俺が誘い込んだのは、荷車のすれ違いも難しいような狭い路地だ。



 両側を石造りの工房に挟まれたこの場所なら、奴も自慢の豪腕を振り回せない。

 

 だが、それはこちらも同じだ。



「狭い……! エドさん、これじゃ剣が振れません!」


 追いついてきたクリスが叫ぶ。



 剣術、特に威力のある斬撃を繰り出すには、刃を振るう空間が必要だ。


この狭さでは、剣が壁に当たってしまう。

 


「だからこそだ! クリス、お前の武器ならどうだ!?」


 俺は盾を構え、突進してくるゴーレムを受け止める体勢を取った。  



 クリスの目が、ハッと見開かれる。



「……行けます!」 


 彼は背中の槍を引き抜いた。



 剣のように横に振る必要はない。


槍に必要なのは、標的へ向かう直線だけだ。



 ズドンッ!



 ゴーレムの拳が俺の盾に叩きつけられる。


重い衝撃が腕に走るが、俺は足を踏ん張って耐えた。



 その横から、疾風のような影が走る。



「ふっ!」


 カッ!



 クリスの槍が、ゴーレムの脇の下――装甲の継ぎ目を正確に貫いた。



「ギ……ガ……!?」


 ゴーレムが動きを止める。



 本来なら剣士が踏み込めない間合い。


だが、槍のリーチは、敵の攻撃範囲の外から一方的な攻撃を可能にしていた。



 さらに、路地の悪路も関係ない。



 船の上で鍛えられたクリスの体幹は、瓦礫の散らばる狭い足場でもビクともしない。



 下半身を安定させ、突き出される「点」の衝撃。



 カンッ、カンッ、ズボォッ!



 二撃、三撃。



 正確無比な突きが、ゴーレムの膝関節を破壊し、姿勢を崩させる。



「今だ、トドメを刺せ!」


「はあああっ!」


 クリスが鋭い気合いと共に、渾身の一撃を放つ。



 狙うは胸部。


分厚い装甲板の奥にある動力炉だ。



 切っ先が装甲をこじ開け、その奥にある魔石ごと中枢を貫いた。



 ブシュゥゥゥ……。



 蒸気が抜けるような音と共に、ゴーレムの赤い目の光が消え、その巨体がどうと前に倒れ込んだ。



「……やったか」 


 俺は盾を下ろし、息を吐いた。



 クリスも槍を引き抜き、手応えを確認するように拳を握っている。



 狭所での立ち回りと、硬い敵への刺突。



 槍という武器の真価が、この一戦で証明された形だ。



 しばらくして、騒ぎを聞きつけた持ち主の職人と衛兵たちが駆けつけてきた。



「あ、ああ……すまない、助かった! 怪我人はいないか!?」


 職人は蒼白な顔でゴーレムに駆け寄った。



「俺たちは平気だ。しかし、どうなってんだ? 整備不良か?」


「そ、そんな馬鹿な! 今朝、火を入れたばかりだぞ。魔力回路にも異常はなかったはずなのに……」


 職人は信じられないといった様子で、機能停止したゴーレムの胸部装甲を開いた。



「なっ……なんだこれは!?」


 彼が驚愕の声を上げる。



 俺も横から中を覗き込み、眉をひそめた。



 動力炉の周辺にある制御部品が、ドロドロに溶けて固まっていたのだ。



「部品が溶けてる……? 耐熱処理されたミスリル合金だぞ?」


「ああ。どうやら、内部で異常な高熱が発生したみたいだな」



 俺は装甲に触れてみた。まだ火傷しそうなほど熱い。



 単なる魔力暴走やオーバーヒートの熱量ではない。


部品そのものを融解させるほどの熱が、突発的に発生したとしか思えなかった。



「……ただの故障じゃなさそうだな」


 俺は顔を上げ、街の方角を見渡した。



 相変わらず、じりじりとした熱気が通りを包んでいる。



 昨日の大溶鉱炉の圧倒的な熱量。



 今日の街の人々の、妙なイラつき。



 そして、耐熱合金すら溶かす暴走事故。



 すべてが、見えない「熱」で繋がっているような気がしてならなかった。



「エドさん……」


 クリスも不安そうに俺を見る。



 彼の手には、頼もしい相棒がある。


だが、これから俺たちが直面するのは、単に硬いだけの敵ではないかもしれない。



「警戒を強めるぞ。この街は今、何らかの『熱病』にかかってる」


 俺の言葉に、クリスは槍を握り直し、小さく頷いた。



 カレドヴルフの空には、今日も赤い煙が不気味に棚引いていた。

 


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