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セップ島の民話 -Ceplandtales-  作者: は
ニコ・ハワドの冒険 -Nicholas the Flock master-
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第24話 『犬も喰わない話』



 あるとき一人の剣士が旅人ニコラスに会い、こう言った。


「なるほど貴様は強いのかもしれない。しかしそれは貴様が持つ剣の力が強いからだ」


 出会い頭に剣士は言い、そして鼻で笑う。


「そんなものは本当の強さではない」


 言った直後、百体もの魔物たちが剣士を袋叩きにした。剣士は柄に触れる間もなく吹き飛ばされてしまった。




 一月後。

 剣士は再び、芋畑で仕事をしているニコラスの前に現れた。


「貴様は強い。剣がなくとも屈強なる使い魔が控えているのだからな」


 魔物たちの動きを牽制しつつ、剣士は言った。


「さすが魔法学舎に在籍していただけはある。だが所詮は借り物の力、貴様自身の強さではない!」


 沈黙が生じた。

 農民達が逃げ出していく。


「……?」


 不審に思った剣士が振り向くと、巨大な竜がそこにいた。紫の鱗が美しく輝く竜は、剣士が悲鳴を上げるよりも早くぺろりと飲み込んだ。




 一月後。

 なんとか生き残っていた剣士は三度、草原で羊を追うニコラスの前に現れた。


「認めよう、貴様には絶大なる剣や屈強なる使い魔だけでなく、おそるべき竜の一族と深いつながりがあることを」


 前後左右に注意を払いつつ、剣士は不敵な笑みを浮かべた。


「なるほど、貴様が竜の眷属と兄妹の契りを交わしていることは驚愕に値する。貴様自身には何の力も!」


 言い終わらぬ内に。

 金色に輝く三百頭の羊が剣士に突撃し踏み潰していった。




 一月後。

 奇跡的に回復した剣士は今度こそという執念で、酒場にいるニコラスの前に現れた。歩くことさえ困難そうな重厚なる甲冑に、竜さえ貫けそうな長大なる剣を背負って現れた剣士は当然のように客の注目を集めた。剣士はそれに構わずニコラスを見つけると、精一杯に声を張り上げる。


「貴様ぁ」

「馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか、ニコラスのばかぁっ!」


 剣士の言葉をかき消すように、赤毛の半妖娘は両手にそれぞれ持った短剣を怒涛の勢いで繰り出していた。

 手元が霞んで見えるほど、短剣は無数の残像を生んでニコラスを襲う。


「馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿バカ莫迦ばかっ! あれほど国の厄介事に巻き込まれたら駄目って言ったのに、どうして依頼を受けたりするのだっ! 馬鹿ぁっ!」


 半妖の娘は泣きながら短剣を繰り出した。

 どれもが必殺の威力を秘めており、繰り出すたびに空が裂け乾いた破裂音が酒場に響く。並の剣士ならば、いやたとえ屈強なる騎士であっても最初の一撃さえ回避することもできず咽を刺し貫かれていただろう。

 それを。

 ニコラスは椅子に座ったまま木製の匙で全て受け流していた。

 一呼吸のうちに数十は繰り出されるであろう鋼の刃を匙で受け流し、それどころか片手には芋粥の椀を抱えて食事を続けている。


「何度も言ったけど、帰国したランドール殿下が学長に拉致されたみたいなんだよ」

「そんなの魔法学舎の問題ではないかっ! せっかく甥が、ニコラスのために爵位の手配とか貴族議会への根回しとかその辺のお膳立てを済ませてくれたのに! やはり私との婚約を後悔しているというのかっ!?」

「……それとこれとは別問題でしょ」

「だったら今すぐ結婚しよう。国中大騒ぎの式を挙げて、子供沢山作って!」

「そうしたら紅も碧も政情不安になってしまうでしょ?」


 そういう会話を続けつつ。

 ニコラスと半妖の娘は凄まじい攻防を繰り広げていた。酒場の客たちはいつもの事と大して驚かず、それどころか今日はどちらが勝つのかと賭けを始める始末。


「あれは、特別な匙なのか?」


 震える声で剣士は店の女将に尋ねた。若い女将は溜息をつき、赤樫を削った匙を渡してくれる。手にとってみるが、そこいらの木工細工師が造ったであろうそれは何の変哲もない代物だった。試しに力を入れてみると、ほんの一呼吸であっさりと割れてしまう。あくまでも食器としての使い勝手を重視した代物なので、強く振り回せば簡単に折れてしまう代物だった。

 間違っても、凄まじい勢いで繰り出される短剣を受け流せそうにない。少なくとも、この剣士には逆立ちしても真似出来ない事だった。


「そんな風に逃げ続けるなら離縁を申し込むぞ、ニコラスっ!」

「ほほう」

「う、嘘じゃないぞっ。私は本気なんだ、ずっと考えていたんだからなっ」

「ふむふむ」

「一日最低五回はぎゅーっと抱いてくれたり! 一緒に蒸し風呂入ってくれたり! お揃いの服で一緒に買い物に行ってくれたり! 甥夫婦の前で自分が婚約者だぞって明言してくれたら!」

「ら?」

「ちょ、ちょっとは考え直そうと――思うんだ。私は」


 自分が吐いた台詞の恥ずかしさに、半妖の娘は顔を赤くし。

 わずかな間が生じた。

 ニコラスは表情を変えず、しかし初めて立ち上がり匙を大きく振り上げる。その一動作で半妖娘が持つ一対の短剣は鍔元より断ち切られていた。折れたのではない。分厚い鋼の刃は、実に滑らかに切断されたのだ。酒場の客たちはおおっとどよめき、剣士は息を呑む。


「……くっ」

「怒りっぽいのは、お腹が空いているからだよ」


 柄だけとなった短剣を見て呻く娘に、ニコラスは微笑んで芋粥の椀を差し出した。半妖の娘は赤い顔で唇を噛み、しかし差し出された椀を素直に受け取って階上の部屋へと逃げていった。


「離縁。離縁、ですか」


 なるほどこれは殺し文句ですねと感心するニコラスは、今更のように剣士に向き合った。


「離縁するためには、まずは結婚しないといけませんよね?」

「あ、ああ」


 その通りだと言い終わる前に、剣士は側頭部を蹴り倒されて気絶した。

 身構える暇もなく昏倒した、素人以下さ。

 酒場の客たちは、肩をすくめて語る。




 剣士は紅の都で笑いものとなり、逃げるように国を出たという。






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