第21話 『さばいばる』
ある朝。
旅人のニコラス・ハワドが宿屋で目を覚ますと、己の身体が一匹の鯖に変化していることに気がついた。
『ふーはははははは、さしもの貴様も生きながらに腐る鯖となっては今までのように戦うことも出来まい!』
己の身に起こった事を驚く前に、懇切丁寧に解説しながら竜の若者が現れる。今までニコラスに散々煮え湯を飲まされていた竜の若者は、ベッドの上で跳ねる鯖にコラスを見て勝利の笑みを浮かべた。
『驚け! おののけ! 貴様は今や無力な』
「ッ鯖ンビィィィィィィィィィィムッッッ!」
鯖ニコラスの鱗が輝き、七色の破壊光線が竜の若者を直撃した。鋼鉄の刃でさえ弾き返す竜の鱗を容易く貫いて鯖ビームが炸裂する。
「鯖ヘッド! 鯖ヘッド! 鯖ヘッド! 鯖ヘッド! 鯖ヘッド! 鯖ヘッド! 鯖ヘッド!」
全長三十センチの身体より繰り出される猛烈な頭突きは、竜の若者を何度も吹き飛ばす。宿屋の壁を吹き飛ばし街の石畳に頭より転落する竜の若者と、それを跳ねながら追いかける鯖ニコラス。
『そんな馬鹿なっ』
「トリプル鯖カッタァァァァァァァァァァァァッッッッ!」
輝く鱗が手裏剣のように回転しながら空を切り、竜の若者が身につけていた鎧をズタズタに引き裂く。街の住人は尾びれを足のようにして悠然と歩き竜人を追い詰めていく鯖ニコラスの姿を見て、言いようのない恐怖を感じた。
『……信じられん。進化の頂点に立つ我ら竜の一族が、エラ呼吸しか出来ない鯖に圧倒されているというのか?』
「君は知らないのだな」
鯖ニコラスが、腐った目で竜の若者を見下ろす。憐れみと怒りが入り交じった複雑な表情だが、何しろ鯖なのでその表情を読むことは誰にも出来ない。
『我が知らぬものなど何もない! 我が持つ十八の理と律は、貴様の身体を鯖に変えることさえ可能なのだ!』
「ほほう」
ぴたぴたと尾びれで石畳を叩き、鯖ニコラスは呟いた。
「鯖ビームも鯖ヘッドも、ましてトリプル鯖カッターさえ知らなかった者が全知を主張するかね」
『う嘘だ! まっとうな鯖はビームもヘッドバットもカッターも繰り出さないぞッ!』
「鯖グラヴィティ・ヴァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァイブレーション!」
『にょげげげげげげげげげげげげげげげげげげげっ』
こうして。
鯖ニコラスの繰り出す二十六の必殺鯖殺法は三日三晩竜の若者を苦しめ続けた。観念した竜の若者はニコラスを元の姿に戻し、逃げるようにして去ったという。
◇◇◇
「それにしても、鯖だから良かったものの……もしもイカに変えられてたらどうするつもりだったのよ」
酒場の片隅にて。
赤毛の半妖娘がジト目でニコラスを見た。いまだ己の婚約者が為しえた奇跡を理解できず(というか理解したくない)、全て忘れたい一心でジョッキを傾けている。ニコラスはというと、炭火で焼きオリーブオイルをかけた鯖の塩焼きに舌鼓を打ちつつ、さも意外そうに目を丸くして半妖娘に、
「イカには四十八の必殺技と、究極イカレーザーがあるんだよ?」
と、ニコラスは至極真顔で返した。




