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セップ島の民話 -Ceplandtales-  作者: は
ニコ・ハワドの冒険 -Nicholas the Flock master-
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第11話 『手遅れの話』



 あるところに力強い魔物がいた。

 それは紅に彩った狐面を持つ魔物で、金鉄の杖を持った魔法使い風の娘だった。狐面が唱える魔法は天変地異を容易に引き起こし、西方の魔物たちは彼女に従っていた。


 あるとき、彼女は一人の少年に出会った。

 少年は魔法学舎始まって以来の無能者と言われており、魔物たちは少年を懲らしめるよう魔法学舎の人間に頼まれた。確かに少年はごくごく初歩の魔法さえ全く扱えないへっぽこだったので、少年と契約を交わす魔物が想像を絶するほど苦労するのは目に見えていた。そのため狐面は部下の鬼面に命じて法廷を開き、少年を追い詰めようとした。が、少年はなんら臆することなく法廷に立ち、自らを弾劾しようとした魔物たちを逆に追い詰めてしまった。少年は、魔法学舎の導師達でさえ現在では読むことも出来ないような古い言葉の『契約書』をあっさりと解読し、もう少しまともな契約書を作ったらと提案さえした。


 狐面は困惑した。

 とにかく法廷が役に立たないので、彼女は自分が知る限り人が今まで訪れたことのない数々の遺跡に少年を放り込んだ。恐ろしい野生動物に盗掘者除けの殺人的な罠。普通の人間ならば怯えて許しを乞うところだが、少年は逆にこの上ないほど喜んで遺跡を駆け回り、狐面の手を握って感謝さえした。


 狐面は更に困惑した。

 少年は本当に無能なのだろうか?

 いや、そんなはずはない。

 少年は驚くほど古い文字を次々と解読し、構造も用途も分からなかった遺跡を調べ上げ、それらの遺跡に隠された秘密を明らかにしている。狐面が知る限り、学舎の魔法使い達は貴重な遺跡を見つけても役立ちそうな道具や財宝を手に入れることばかり考えて、遺跡の意味とか歴史を考えるものは少ない。ところが少年ときたら財宝よりも遺跡の成り立ちの方に興味を示す。金銀で装飾した白磁の人形よりも、麻布で縫った手作りのままごと人形を見つけたときの方が嬉しそうな顔を見せるのだ。


「この人形、何度も縫い直して繕った跡がある。詰め物だって、綿だったり布切れだったり……確かに上等の品ではないけど、大事に使われていたと思うんだ。ここに誰かが住んでいた、何よりの証じゃないか」

『わ、わわわ私は高貴な魔物なのでぇ、その辺のチンケで貧乏くさい庶民感覚は理解できない!』


 少年の笑顔に、狐面は動揺する。上ずった声で少年の言葉を否定すれば、沈む少年の表情に胸が痛む。監視すると自分に言い聞かせて少年と行動を共にすれば、気が付けば視線は少年を追っていた。

 そうやって最初の一ヶ月が経過した。




 変化は唐突に現れた。


『惚れたか』


 陽が沈んだ頃。狐面と等しい力を持つ鬼面の武者は、いつものように少年を遠くより眺めていた狐面の心を見透かしたようにぼそりと呟いた。指摘された狐面は顔を真っ赤にし、辺りで控えていた部下の魔物たちは驚いたり騒いだり納得したりした。


『何を根拠に暴言を吐く、鬼面よ!』

『では懐に隠した姿絵を出せい』


 吼える狐面に、渋面で返す鬼面。うぐ、と言葉を詰まらせ狐面が取り出したのは、かの少年の絵姿を銅版に刻んで色付けした代物だった。


『すぐ傍に本物がいるだろうに、何が楽しくてこのようなものを』

『……鬼面よ、貴様には私の気持ちなど理解できまい』

『そりゃあもお綺麗さっぱりわからんが』


 あっさりと鬼面は認めた。


『アカデミー出るまで寮制の女子校で通したお前さんだから、歪みまくったドリーム抱いているとは想像できるぞ』

『男子校出た直後、性悪女に有り金貢ぎまくった貴様に言われる筋合いはない!』


 狐面の言葉に、鬼面は血を吐いて膝をつく。周囲の小魔物たちはざわざわと騒ぎ出し、少年は彼らとはやや離れた草原で焚き火を起こし薬茶を沸かしている。空の彼方より飛んできた銀色の猛禽となにやら楽しそうに会話する少年の姿は、実のところ魔物にとって驚くべき事実が含まれていたのだが、残念なことに彼らは気付くだけの余裕を失っていた。


『私とて夢を見たいのだ』虚ろな笑みを浮かべる狐面『放課後に校舎裏に彼を呼び出して告白がてら体育館倉庫で押し倒したり、一緒に海水浴に出かけ偶然を装って彼の目の前で水着のブラを外してみたり、彼が風邪をひけばエプロンドレス姿で献身的な看護をするふりをしてしっぽり――』

『ええい、腐れ妄想はやめい!』


 どうにも正気を疑いたくなるような狐面の発言を遮るように、鬼面は後頭部より蹴りを入れる。


『そういう妄想は、発情期を迎えてなお異性との接触を禁じられた男子学生が脳内麻薬分泌させて炸裂させるものだろうが! お前さんは見た目では清純派なんだから言動を考えろ、下劣な妄想で少年を口説き落とせると思っているのか?』

『よ、世の中にはエッチなおねいさんがたまらなく好きな少年だっているかもしれないぞ』

『そう思うのならば、あの少年の眼前でストリップでもするがいい。狐面よ』


 普通ならばここで思いとどまる。

 普通ならば。

 が。

 魔物が普通であるはずはない。


『ニコラス、ちょっと』


 こっちを向いてくれないかと脱衣し始めた狐面を、鬼面をはじめとした魔物一同が必死になって取り押さえたそうな。




◇◇◇




 あるところに力強い魔物がいた。

 紅に彩った狐の面を胸元に飾り金鉄の杖を掲げた魔物の娘は、一人の少年に恋をした。


『違う、これは前世より定められた邂逅だったのよ!』


 荒縄で少年を縛り上げ、桜の巨木に吊るしつつ狐面は叫んだ。

 桜の幹にはへたくそな字で【伝説の木、ここでキめると大願成就】と書かれた銅の札が打ち付けられており、周囲には狐面の暴走を食い止めるべく善戦したものの結局返り討ちに遭った鬼面や獅子頭の魔物たちが転がっていた。彼らはセップ島に住まう全ての魔物を呼び出したのだが、恋する女はまさに無敵の強さを発揮したのだ。


「お、おねいさん?」

『だいぜうぶ、身も心もスッキリするだけだから。とりあえず魔法に頼らないシンプルかつ原始的な契約を交わした後に、ご両親のところに挨拶に行きましょ。うふふふふふふふ』

「あ、挨拶って」

『うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ』


 恋に狂うとはよく言うが。

 狐面の狂いっぷりたるや尋常ではなかった。魔物の裁判にも人跡未踏の遺跡への追放にもまるで動じなかった少年だが、瘴気を口より吐き出しつつ迫る狐面の様子に初めて怯えた顔を見せる。吊るされているので視線は少年の方が上なのに、何故か上目遣いで震えた感じの少年の様子に狐面は更に興奮してしまう。


「おねーさーん?」

『君が魔法使えなくたって、部下の魔物全てが君の手足となって働くわ。君はまじない言葉を唱えなくても、このセップ島で最高の魔法使いとして君臨できる――だから、だから。だから、そうやって潤んだ瞳を向けるのは私だけにするのよ?』

「おねーさん……僕のこと、何も知らないよね」

『いいの、これから理解するから』


 少年はため息を吐く。

 近くで倒れていた鬼面が『に、逃げるんだ。逃げてくれえ、ニコラス君』と呻き声を漏らすが、狐面はそんな鬼面の後頭部を踏みつけて沈黙させてしまう。カエルを押しつぶしたときのような悲鳴が地面より聞こえ、少年はもう一度ため息を吐いた。


「たとえば、僕には本当の家族はいない。僕が生まれた年に、流行り病でみんな亡くなってしまったんだ」

『姑付合いが楽になるわね』

「僕を育ててくれたのは、僕とは何の血のつながりもない家族なんだ。でも父さんも母さんも、妹も僕を本当の家族のように大事にしてくれている」


 少年が『妹』と言った辺りで、ほんのわずかだが狐面は硬直した。少年は構わず周囲を見る。陽が沈むまでは今しばらくの時間があるので、星を見て位置を知ることは難しい。近くに見覚えのある山や町があるわけでもない。なにしろそこは人跡未踏の遺跡よりわずかに離れた丘だったので、そもそも少年に見覚えがあるわけがなかった。


「とりあえず僕が何を考えてこんなことを言っているのか、分かってくれる?」

『何も知らないまま肌を重ねるのはイヤ、って事でしょう』


 うーん。

 唸る少年の頬を、狐面の手が触れた瞬間である。


『あんぎゃあ』


 空が軋み、音を立てた。

 青空がガラス細工のように砕け散り、紫に輝く巨大なる竜が現れる。広げた翼はまさしく空を覆い、顎を開けばプラズマの吐息が大地を舐めて草土を光に還す。狐面に倒されて転がっていた魔物たちは死に物狂いで起き上がるとプラズマの吐息より逃れようと走り回り、竜がすくい上げるように繰り出した鉤爪は桜の巨木ごと少年を引っ掛けて宙に放り出した。


『ああああああ、待ってて今すぐ救い出すわダーリ――』

『あんぎゃ』


 熱した鉄板に水滴を落としたような、乾いた炸裂音が響く。勢いよく繰り出した竜の尾は、その先端が音の壁を越えて狐面を地面に叩き落したのである。少年はというと、巨木ごと空中でくるくる廻っていたものの「ふん」という掛け声と共に、身体に巻きつけられた荒縄をあっさりと引きちぎった。


『あんぎゃあ!』


 嬉しそうに竜は吼える。鬼面をはじめとする魔物たちは地面に叩きつけられた狐面の傍に駆けつけたはいいものの、山より大きな竜に睨まれて身動きをとることができなくなっていた。少年は竜と魔物の間に立ち、竜を見上げている。


『あんぎゃあ』

「ここにいるのは人間じゃないから、食べてもいいかって?」

『あんぎゃあ』


 少年の言葉に竜は頷き、魔物たちは震え上がる。少年は困ったように魔物たちを見て、頭をかいた。


「たしかに人間じゃないんだけど」

『あんぎゃ』

「尻尾で叩き落したおねいさんくらいは食べてもいいだろうって言われてもなあ」

『んぎゃ』

「食えないなら踏み潰す、二度と再生できないように焼き尽くす? どうしてそんなに怒っているのさ」

『あんぎゃ、あんぎゃあ』


 少年と竜は会話していた。

 というか、竜は少年の言葉に従っているように魔物の目には映った。その場にいる全ての魔物を滅ぼせるような、いや国中の軍隊や魔法使いを揃えたところで勝てそうにもない強さを持つ竜が、少年の前では借りてきた猫のようにおとなしい。

 かと思われたが。


『あんぎゃあ』

「やっぱり食べたいって? 仕方がないなあ」

『仕方がない、で済まさないでくれ!』


 気を失った狐面を介抱していた獅子頭の魔物が悲鳴を上げる。小魔物たちも『そうだ、そうだ』『見捨てないでくださいよニコラス殿』と騒ぎ出す。


『んぎゃあ』

「確かに彼らは人間じゃないし、僕らの村の人じゃないんだけど」


 竜の主張に、少年はもっともだと頷いて魔物たちを見た。


「こいつが言っているの、確かに筋が通っているんですよ」

『筋、とは』


 息を呑み、死を覚悟して獅子頭は問う。少年は、この竜が少年と交わした約束の内容を魔物たちに告げた。


「こいつは村の財産と、村人には手を出さないと誓っているんです」


 でも魔物たちは村人でもないし、村の財産でもない。

 竜が約束を守る以上、僕も約束を守らないといけないんです。少年はそう言い、悲しそうに首を振った。ところが獅子頭は、いや、鬼面をはじめとする魔物たちは互いの顔を見て頷くと少年の前に集う。彼らは己の名を刻んだ銀の牌を取り出して、少年の足元に置いた。


『ならば我らは今よりニコラス様のものとなりましょう』


 跪き、顔を上げて獅子頭は言う。


『そうすれば、我らは竜に喰われずに済む』


 まじない言葉でも血の交わりでもなく、我らは自らの名をニコラス様に捧げましょうと獅子頭は言う。すると指の先ほどの小さな銀牌は数珠に連なり、少年の手首に巻きついた。その様を見た竜は『あんぎゃ』と悔しそうに短く吼えると尻尾を振り、いまだ気を失った狐面を尾で強かに叩くと空の彼方へと飛んでいった。





 こうして。

 セップ島に住まう全ての魔物は、魔法使いとしては極めてへっぽこな少年の使い魔となった。少年がその意味を知るのは、もう少し先の話である。


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[良い点] 龍娘義妹 長耳おねいさん 狐面魔物娘←new! [気になる点] 順調にハーレムが……ハーレム?
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