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95/115

95,痛みは拷問。

 

 第5層に入るとき、急襲を受けた。


 不意打ちのお手本のようなものを。


 遮蔽物から、亜人たちが連動して仕掛けてくる。魔鉱物の輝きのなか、青い肌が妙に不気味に反射している。


 これら亜人は、過酷な〈魔月穴〉の環境に適応し、一個体の戦闘力は軽く並みの冒険者を上回る。


 それでもスゥとおれは、次々と亜人たちを撃破していった。

 しかし波状攻撃に迷いはなく、文字どおり仲間の屍を乗り越えてくる連続性に、こちらも隙をつかれる。


「おっ、と」


 腹部に違和感を覚えて見下ろすと、槍の穂先が突きささっていた。


「リッちゃん!」


 スゥがこちらに意識をとられた瞬間、後頭部を棍棒で殴られて昏倒。

 その身体を、亜人の一体が軽く抱えて、第5層の深みへと駆けていく。


 最低限の攻撃目標を達成したのか、ほかの亜人たちも撤退していった。


 おれは穂先を引き抜いて、亜人たちを追おうとしたが、エンマに止められる。


「リクさん、まずはその腹部の傷を回復させてください! スゥさんは、亜人たちはわざわざ連れていったんです。ひとまず無事ですよ!」


「ああ、そうだな……」


 足元に倒れている亜人たちの死体を見下ろす。

 ここまで亜人たちが犠牲を払っても、おれたちを排除しようとするとは。

 追跡を阻止したければ、連れ去った人間たちを解放すれば済む話なのに。


 それができないのか。何らかの事情があって。


 おれはハンナに詰め寄る。


「おまえたちは、何をして、亜人たちを怒らせたんだ? わざわざ亜人たちのテリトリーまでもぐって、何をやらかした?」


 意外なことにハンナは、挑戦的な目でおれを見返す。


「わたしは、なにも言わない! 黙秘するわ!」


「いいか。こっちは相棒を連れてかれたんだ。状況を正しく認識するためにも、おまえにはすべてを話してもらいたい。お願いだから」


 先ほどまでは猫をかぶっていたようで、ハンナが不敵に微笑んで言い返してきた。


「あなたは冒険者でしょう。やることをやりなさい。亜人を皆殺しにすればいい。余計なおしゃべりをしている暇があったらね!」


 マイリーなら、こいつの手足を切り落としているところだな。

 しかし。


「良かったな、あんた。おれが、暴力沙汰が嫌いな、平和主義者で」


 ハンナに、第十三の型【痛いのは生きている証拠】を付与。

 状態異常系のデバフで、全身を激痛が襲う。


 その痛みは付与から一秒ごとに増していき、常人ならば60秒前後で、痛みのあまり発狂、90秒でショック死する。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ!!」


 とたんハンナが雄叫びのような悲鳴を上げて転がりだした。


「よーし、すべて話せ。いまならまだ、『最悪の記憶』で済むぞ」


 エンマがぞっとした様子で聞いてくる。


「この人、いまどれほどの痛みを感じているんです?」


「生きたまま解剖されているような感じかな。全身をバラバラにされている感じ」


「……それだと激痛に意識を持っていかれて、質問に答えたくてもそんな余裕もないのでは」


「さすがヒーラー。いい着眼点」


 いったん【痛いのは生きている証拠】を解除した。

 ハンナは涙とよだれで汚れた顔で、おれを睨む。


「しょ、正気じゃ、ない、こんなの、ゆ、許せない、拷問なんて」


「拷問とは失礼だな。おれはただ質問に答えてほしいだけだ。普段ならもっと時間をかけて説得するが、いまはスゥの身が危ないんでね。即効性のあるものを使っているだけ」


「そ、それをご、拷問と、いう──」


「で、ハンナさん。あんたとその仲間は、亜人たちに何をしたんだ?」


「そ、それは」


 まだ迷いがあるのか。では。

 おれはハンナに向かって人差し指をつきつけて、


「いいだろう。さらに【痛いのは生きている証拠】の激痛デバフの追加だな。しかしやりすぎると神経が焼き切れて廃人になるぞ。でばデバフアローの発射、三秒前、三、二」


「まま、まってぇ! まって、すべて話すから、話すからあぁぁ!!」


「一、発射」


 またも地獄のような激痛でのたうちまわるハンナ。

 それを10秒ほど眺めてから、おれは激痛デバフを解除した。


 ハンナががたがた震えながら、さっそくトラウマを抱えた様子で、おれを見返す。


「ど、どど、どうして、、、」


「ああ、ごめん。いま話そうとしていたんだな。ついうっかりした」


 エンマが呆れた様子で呟く。


「……いまの、わざとですよね、リクさん」


「さてハンナさん。時間がない。すべて話せ。なにをやった?」


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