51,ろくなことをしない。
わざわざヴェンデルの耳に届いたほどだ。
その函というのは、よほど奇妙なものだったのだろう。
その点を問いかけると、ヴェンデルは肩をすくめた。
「そっちが求めているものかは分からないがね。ただ、その函は漆黒で、蓋のようなものはなかった。何より、空中に浮いていたそうだ」
「浮いていた? その目撃情報、当てになるのか?」
「複数人の目撃情報ではある」
となると、その函は、魔界のアイテムかもしれない。
この線を追いかけるべきか?
この奇怪な函が、破壊工作に使われる魔兵器ならば、反政府組織が外部から仕入れた、ということはありえる。
よってこの函を追えば、反政府組織を見つけられるかもしれない。うーん。スゥの意見を聞いてみようかな。
そのスゥがいきなり、
「奇妙奇天烈摩訶不思議!!」
と大声で言って、満足そうな顔をした。
これ、単に言いたかっただけだろ。
「…………スゥ、ちょっとお前、黙れ」
ダメだ。スゥの思考能力はあてにならない。
おれが考えるしかないぞ。
というプレッシャーのもと、気づいた。
そももそ本当に『破壊工作』を行おうとしているのは、反政府組織なのか?
〈王〉がそう言っただけでは?
さらに始まりの地点から考えるに、『破壊工作』の話って、どこから出てきた?
ギルマスは、この都市レグの冒険者出張所からの情報だ、と言っていなかったか。
つまり、エンマだよな。200日間引きこもっていたというエンマ……。
「エンマ。『破壊工作』の情報は、どこから掴んだんだ? ヴェンデルさんか? それとも、ほかの情報網か? だけど言っちゃ悪いが、引きこもりに情報網って、そんなにあるのか」
コーヒーをすすっていたエンマは、心外そうに言う。
「そりゃ、わたしにだって、ちゃんと情報網くらいあります。というより、情報網だけは万全ですよ。情報網があるからこそ、わたしは引きこもっていても、冒険者ギルドを解雇されないんです!!」
「……なるほど。妙な説得力があるな」
エンマの説明によると、何ものかがレグに『破壊工作』を行おうとしている、という噂は複数のルートから流れてきた。
ただエンマが、その情報を重要視したのは、同時期にレグ内の傭兵たちが消えていったから。
消えた。この場合、何ものかに雇われて、どこかに移動した、と見るべきだろうな。
いずれにせよ初期情報には、反政府組織というキーワードはない。やはり反政府組織と決めつけないほうが良さそう。
「『破壊工作』とひとことに言っても、ぴんからきり。火炎びん投げるだけかもしれないし、もっと大規模なテロを計画しているのかもしれない。しかし、わざわざ『傭兵』が確保されているのならば、大規模と見たほうがいいな。
……エンマでも、ヴェンデルさんでも、反政府組織と仲介できないか? 結局のところ、当人たちに会って尋ねるのが、一番だ。おたくたち、破壊工作とか企んでる?と」
エンマが怯えた様子で言う。
「わ、わたしは、さすがにそこまで深くは入り込んでないですよ!」
食器を拭いていたヴェンデルが溜息まじりに言った。
「反政府組織は〈紫陽夢〉と呼ばれている。俺は、そこのリーダーと顔見知りではある。だが、いま君たちを会わせるわけにはいかないな。〈王〉の刺客ではないとは、言い切れない」
「無理もない。じゃ、こっちは函を追うしかないな。函を見たという人を紹介してくれるか? ありがとう」
ヴェンデルから何人か名前をもらい、スゥ、エンマとともに、居酒屋を出る。
しばらく歩いていると、スゥが小声で言った。
「リッちゃん。気づいていると思うけど」
「ああ。お前、メロンソーダの代金、払ってこなかっただろ」
「……あ、本当だ。そうじゃなくて、リッちゃん。尾行されているよ。二人一組で、計四人に」
「……おれが、気づいていなとでも?」
いや、まったく気づいていなかった。
「どうする、リッちゃん?」
「尾行は、〈王〉の手下だろうな。おれたちを泳がせることで、反政府組織〈紫陽夢〉をおびき出す作戦かもしれない。だから、おれたちは気づいていないフリをして、歩き続ける。ここで〈王〉の手下と問題を起こすのは、最悪の一手だ」
「そうだね、リッちゃん」
しばらく歩いていると、スゥがまた小声で、
「…………………あのさ、リッちゃん」
「なんだ?」
「尾行者は〈王〉の手下だろうから、下手に刺激して問題は起こさない、という方針なんだよね?」
「そうだが?」
「それ、もう無理かも」
「なんで?」
「いま、全員、無力化されたから──あ、たぶん全治三か月で」
「はぁ? 誰の仕業だ!?」
振り返ると、目の前によく知った少女が降り立った。
妹弟子、マイリーが。
とくに笑みもなく無表情で言う。
「リク。尾行者がいたから、ボコって無力化してあげたわよ。礼はいいわ」
「………………お前、ろくなことをしないな」




