50,函は函だよ。
やる気のないことこの上のない〈王〉の側近から、反政府組織の情報を提供してもらう。
ところで、この側近が『エンマが治癒した側近』だろうか。
高級バーを後にし、上層エリアのお高くとまった(偏見?)都市部を歩く。
おれはウンザリして言った。
「なぜ、よその都市の反政府組織の調査なんかしなくちゃならないんだ?」
スゥは腕組みして、一応は考えているポーズをとった。それから、
「うーん。その組織が、破壊工作を企てているからじゃないの?」
「その破壊工作を、なぜデゾンのおれたちが阻止しなきゃならないんだ?」
スゥ、今回は即答。
「わたしたちの趣味が人助けだからじゃない?」
いつのまにそんな高尚な趣味を会得したのだろう。
しかし──考えるに、さすがに他都市の冒険者に丸投げというのは、おかしすぎる。
いくらやる気がないとはいえ、無能な者が〈王〉にはなれないはず。
もしかして、おれたちって、陽動役か何かをやらされているんじゃないか?
「まぁ、考えても仕方ない。目の前のことを片付けていくとするか」
とはいえ、さすがに『反政府組織の住所』なんて情報は、記載されていなかった。
というより、〈王〉側が提供してきた情報に、有益なものはありそうにない。
「聞き込みをしたいにも、土地勘がないからなぁ。なんといっても、おれたちはよそ者だ。いくら〈王〉に依頼されたんだとしても……あ」
「どうしたの?」
「これって、いわばギルド外のクエストだよな。一般的にいうところの、なんていうんだ、市民クエスト?」
「相手は〈王〉だけどね」
「報酬の相談をするんだった」
「いまさらだね、リッちゃん。報酬が欲しかったら、引き受けるときに言わないと。いまから戻っても、無料でクエストを引き受けたのに、と言われるのがオチだよ。さ、ゴチャゴチャ言ってないで、わたしたちの趣味に戻るよ。通りすがりの正義の味方だ。レッツゴー!」
で、半時間後。
おれたちは下層エリアの魚屋に戻っていた。
「いやぁぁぁぁぁ! どうして、もうわたしの役目は終えたはずなのにぃぃぃぃぃ!!」
と、死に物狂いで引きこもり部屋の支柱にしがみついているエンマを、引っ張る。
「情報収集するために、この都市に知悉している者が必要だから。それも信用できる相手の、な」
「わたし、この都市のこと、知りませんよぉぉぉ! ずっと引きこもっていたんですからぁぁぁ!」
「いや、もっと自分に自信をもつべきだぞ、エンマ。いくら特級ヒーラーだからといって、いきなり〈王〉の側近の治癒を頼まれるはずがない。それなりに人脈を築いていたからこそ、だ。思うに、本格的に引きこもるまでに、少しは冒険者として活動していたんじゃないか?」
「ううう。確かに、赴任した当初は、わたしも頑張りましたよぉぉぉ。馴れないこともしました。そのせいで心が病んで、練炭を買い込んだんです」
「え、練炭自殺をはかった?」
「違います。ここの冬は寒いので、引きこもるために練炭ストーブを購入したんです」
「いくぞ、冒険者同僚!」
力をこめて、エンマを引きずり出した。
観念したエンマは、この下層エリアでの情報通のもとに案内してくれた。
〈王〉が飲んだくれていた高級バーとは打って変わって、庶民的な居酒屋。
そこの店主のもとには、さまざまな情報が集まるという。
まだ営業時間前で、目当ての店主は自ら厨房で下ごしらえをしていた。
『居酒屋の店主』と聞いて、勝手に中年をイメージしていたが。
実際は、まだ20代半ば。
青い髪の、戦士クラスの冒険者でも通りそうな男だった。
「なんだ、エンマか。お前が外に出てくるなんて、大災害でも起きたのか?」
「……ヴェンデルさん、久しぶりです。ある意味では、その通りです。災いがやってきましたよ」
と、恨めしそうに、おれを睨むエンマ。
おれはそれを無視して、ヴェンデルに自己紹介した。
それから反政府組織について、何か知らないかと尋ねる。
ヴェンデルは苦笑して、
「いくら情報が集まるといっても、そんな地下組織の情報まではこないさ。ただ──面白い話でいいなら、ひとつある」
「じゃ、それを注文しても?」
「その前に何か飲むかい?」
おれはさっきのウイスキーで、軽く酔っていたので、水を頼んだ。スゥはメロンソーダ、エンマはコーヒー。
ヴェンデルは手早く飲み物を出してから話した。
「先週から、ある噂をよく耳にする。この都市内に極秘に運び込まれたという、あるもののことだ。それは奇怪な函だという」
「奇怪な函か……どう思う、スゥ?」
注文したメロンソーダを飲んでいたスゥは、えっ、という顔でおれを見る。
「函は函じゃないの、リッちゃん?」
「だから、その中身はなんだろ、破壊工作の計画に関係しているのか、という話をだな……」
なんでおれのまわりの奴って、呑気なのが多いんだろう。




