17,神聖聖女の件で。
目覚めると、どこかの狭い小屋の中にいた。
うーむ、頭痛が痛いとはこのこと。
視線を転ずると、先ほどの兵士が窓付近から、外の様子を警戒して見ている。
おれと同年代の男で、金髪の長身。兵士支給の軽装鎧姿。
「どうも」
と、声をかけると、こちらが目覚めたことは気づいていたようで、視線は外に向けたまま言った。
「レオナルドだ。よろしく頼む」
「あんたが助け出してくれたのか? しかし、自分の軍を裏切ってまでなぜだ? なんか前世で恩を売っていたか?」
「いいや。これは利害が一致した、と思ってくれて構わない。だから君に貸しを作ったなどとは思っていない。なにより、君が救い主となってくれるようだからな」
「……そうなのか?」
いまのところ、救い主らしい活躍、ぜんぜんしてないんだけど?
ここのところ、無駄に期待されることがあるよな。ギルマスのこともそうだが。
これも師匠からデバフ付与スキルを得たから……しかしこのレオナルドの前では、まだデバフ付与スキルを使ってなどいないが。
となると、これもギルマスがらみか。
「もしかして、デゾンのギルドマスターから、何か聞いているのか?」
「ああ。君が、彼女のことで力を貸してくれると。それと、君は『条件さえ揃えば』、一万の軍にも匹敵する力を秘めているとも」
一万の軍に匹敵?
それは誇大広告の極みだな。師匠なら、十万の軍にも匹敵するだろうが。まぁあの人は規格外……
「条件さえ揃えば、せいぜい千人だな」
「それで充分だ」
しかし、やはりギルマスが……
冒険者ギルドは都市デゾンを守るものだが、デゾン治安のためには、このアーゾ大陸の平和も重要。
そこで外交関係が良好な都市には、冒険者ギルドの出張所のようなものを置かせてもらっている。
その国外となる都市内での権限は限られたものだが、それでも有事には協力することになっている。で、そこの出張所の冒険者を通して、レオナルドに情報が渡ったわけか。
何がなにやら訳が分からないが、ここで『何がなにやら訳がわからない』と正直に言うと、さすがに間抜けすぎるか。
少し頭を働かせてみる。
ギルマスのディーンは、聖都グルガで神聖聖女に会え、と命じてきた。
ただ会うだけなのに、とてつもなく重要なクエスト風に。
そして聖都に到着早々、神聖聖女について聞き込みに行ったスゥが、あっという間に聖都軍に捕縛される。
さらに、おれも捕まってしまったが、このレオナルドが助けてくれた。
レオナルドは、おれが『彼女』のことで助けになる、とディーンから聞いていたと。
つまり、おれに『彼女』を助けてもらうため、自分の軍を裏切ってまで、おれを救い出したと。
それが、利害の一致ということか。
なぜなら『彼女』を助けることが、おれにとってのクエスト達成にもつながるから。
さて。ここまで考えると、『彼女』の正体も見えてくるな。
「神聖聖女を助けろ、というんだ?」
レオナルドがちらりと、こちらを見やる。
「その件も、すでに冒険者ギルドの長から聞いていたのか?」
「いや、これはちょっとした推理だ。おれもたまには考える……」
さらに考えてみた。
スゥが聖都のパンフレットから仕入れた情報によると、神聖聖女には、女神の力が宿っている。
それは魔物たちを退ける力のようだ。
つまり神聖聖女の力が機能していれば、アーゾ大陸で魔物たちがのさばることはない、ということか。
では都市デゾンの近くでゴブリンたちが活発になったのも、これが原因か?
ゴブリンたちの指導者の存在とは別に。
神聖聖女の力が失われたため、アーゾ大陸全土で魔物たちが暴れ出している?
ふむ。これは確かに、困った話だ。
「神聖聖女が、誰かに捕まっているのか? それで、彼女の魔物を退ける力が封じられている、とか?」
と、おれは推論したことを述べてみた。だいたい当たりだと思ったが──
事態はもっとややこしいものだった。
「いいや。彼女は、聖都から消えた。自分の意思で。そして〈封魔〉の力を切ってしまった。そのため魔物たちの枷が外れてしまったんだ。聖都軍やコア機関は、神聖聖女が人類を裏切ったと考えている。だから神聖聖女を見つけ出し、殺すつもりだ」
「なぜ殺す?」
「いまの神聖聖女が死ねば、その〈封魔〉の力は、次の神聖聖女候補へと移るからだ」
「あー、なるほど。少なくとも、筋は通っている。だがあんたは、神聖聖女を殺させたくないわけだな? 人類を裏切ったのに?」
レオナルドは声を荒げた。
「違う! 彼女は、すすんでそんなことをしたのではない。これには、何か裏があるはずだ」
「ふーむ。で、神聖聖女は、あんたの恋人か何か?」
レオナルドは溜息をついた。
「姉だ」
「……なるほどね」
おれは米神をマッサージした。
これ、初クエストにしては、責任が重大すぎないか?
「あんたに手を貸すよ、レオナルド。まぁ、とりあえず。スゥ──うちの武力担当を助けるところからはじめよう」




